アメリカ経済対策の目玉「PPP」解説 〜制度概要から申込方法まで〜

市川 紘(Ko Ichikawa)
9 min readApr 5, 2020

2.5ヶ月分の運転資金が実質的に“給付”される

普段このブログでは米国不動産テックの話を取り上げているのですが、今回はそれとは関係なく米国スタートアップ文脈で、「Paycheck Protection Program (通称PPP)」についてまとめたいと思います。

PPPは新型コロナウイルス影響を受けてアメリカ政府が3500億ドルもの予算を投じた経済対策の目玉です。形式上はローンになるのですが、雇用維持の目的に沿った一定の条件を満たせば2.5ヶ月分の運転資金の返済が免除され、実質的に給付に近い形になる太っ腹な制度です。

【出典】https://www.donaldjtrump.com/media/protection-for-workers-paychecks-is-on-the-way-thanks-to-president-trump/

もともとは僕自身が会社での申請を考えていて、個人的にリサーチしたり、周囲の関係者と情報交換していたのですが、急遽発表された制度でいまだに情報が錯綜していて、さらに日本語での情報となると皆無に等しかったので、知っている限りの情報をブログで公開することにしました。
(ローンの専門家ではないので最終的には銀行担当者・会計士など周囲の専門家と相談して進めてください)

アメリカでは新型コロナウイルスの影響により多くの企業・経営者が非常に厳しい状況に追い込まれています。アメリカ国内で事業を経営されている方々がこの難局を乗り切る上で、少しでも参考になると幸いです。

PPP(Paycheck Protection Program)を図解してみました

政府発表の文面だけ読むと理解をしづらかったので、PPP(Paycheck Protection Program)の制度を図にまとめてみました。
詳細は後ほど説明しますが、時間のない方はここだけ見ていただければ、大まかな内容は掴めると思います。

PPPのローン内容・対象企業・申込方法

1. PPPのローン内容

最大借入金額: 直近12ヶ月間のPayroll平均額×2.5ヶ月分(上限$10M)
−Payrollには給与の他に健康保険・退職金・州税/地方税を含む
−Payrollが年間$100,000を超える従業員の$100,000超過分は対象外
−米国外に居住する従業員のPayrollは対象外
−営業期間が12ヶ月に満たない場合は2020年1月1日〜2月29日の平均を使用

返済免除額: 借入後8週間の人件費・健康保険・家賃・水道光熱費・既存の金利負担
−合計金額の75%以上は人件費が占めていなければならない
−借入後に従業員数を減らした場合は免除額が減額される
−年収$100,000以下の従業員の給与を25%以上引き下げた場合は免除額が減額される

免除後の残債: 金利1%・返済期間 2年のローンとして扱われる
※当初発表は金利0.5%・返済期間10年でしたが、後日変更が加えられました。古い資料には0.5%・10年の表記も一部残っているのでご注意ください。

2. PPPの対象企業

・2020年2月15日時点で営業中
・アメリカ国内の中小企業(従業員500名以下)
・VC/PEから出資を受けている企業が対象かどうかは今のところ諸説あり
(出資先企業の従業員数が合計で500名を超えることが多いため。詳しくはこちらをご覧ください https://news.crunchbase.com/news/forgivable-loan-apps-start-today-and-will-be-big-for-startups-facing-covid-19-disruptions/)

3. PPPの申込方法

STEP1: 申込フォームをダウンロードし記入
https://www.sba.gov/document/sba-form--paycheck-protection-program-borrower-application-form

STEP2: メインバンク経由でフォームを提出し申し込み
制度上は中小企業向けのSBAローンの取り扱いがある銀行であればどの銀行からも申込可能ですが、
・すでに会社のことを知ってくれている銀行の方が手続きがスムーズ
・Bank of Americaは既存顧客の申込の融資を優先すると発表した
といった理由から、すでに取引のあるメインバンク経由で申し込むのが得策のようです。

PPP利用の具体例

最後にイメージしやすいように具体例で解説します。

・月間の平均給与が$4,000
・従業員10名
の会社があったとします。

この場合、会社全体の月間給与は$40,000なので、借り入れできる金額は$40,000×2.5ヶ月=$100,000になります。

※健康保険の取り扱いが若干ややこしいので、ここではモデルを単純化するために健康保険の会社負担はないものとします(政府発表の文言を読む限り、最大借入金額計算の際の人件費には健康保険が算入されるのに、返済免除額の75%以上条件には算入されない可能性があるため)

そのうえで3つのシナリオに分けて解説します。

シナリオA: 人件費を削減しなかった場合

新型コロナウイルスの逆風にも負けず、従業員の人員削減や給与引き下げを行わなかった場合、8週間分(=2.5ヵ月分)の人件費だけで$100,000に到達し、借り入れた金額がシンプルに全額返済免除となります。

シナリオB: 人件費を25%削減した場合

不景気の影響でやむをえず従業員の人員削減や給与引き下げによって人件費を25%削減した場合、8週間分では$75,000($100,000×75%)になります。
この場合、人件費単体では借り入れた$100,000全額の免除には届きませんが、それ以外の算入対象である家賃・水道光熱費・金利負担を$25,000以上支払っていれば、それらを加算して全額免除を受けることができます。
(この場合、$100,000の支払いのうち人件費が$75,000を占めるため「免除額の合計金額の75%以上が人件費でなければならない」という条件も満たしています。)

シナリオC: 人件費を50%削減した場合

シナリオB以上に経営が深刻で、従業員の人員削減や給与引き下げによって人件費を50%削減した場合、8週間分では$50,000($100,000×50%)になります。
全額免除を受けるためにシナリオBと同様の考え方で、「残りの$50,000を家賃・水道光熱費・金利負担支払いから補填」といきたいところですが、そうはいきません。この場合、免除額$100,000に占める人件費の割合が50%になってしまうので条件を満たさないからです。
人件費割合75%以上の条件を満たすために逆算すると免除額は$66,667となり、残りの借入$33,333については返済義務を負うことになります。

こうして整理すると「25%までの人件費削減は最悪しょうがないけど、それ以上はやめてね。」という制度趣旨のように見えます。

上記3つのシナリオを図にまとめるとこんなイメージです。

今回のまとめは以上になります。

最後の具体例で紹介したように、借入額が全額免除されるかは借入後の雇用状況次第にはなります。

とはいえ、仮に全額免除されなかったとしても残債分の金額には手をつけずにそのまま返済してもいいし、金利も1%と低いので当面の運転資金として通常のローンと同じ扱いで利用することもできるので、個人的な見解としては申し込んでおいて損はないと思っています。先着順で予算が枯渇したら終了となるので、動くなら早めの方がいいです。

申し込みは4月3日からスタートしており、初日は申込者が殺到してかなりの混乱があった模様です。制度的にもスピード優先の見切り発車の要素も強いので、続報があれば改めてまとめたいと思います。

※転載・引用は歓迎ですが、クレジット記載をお願いします。
※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。proptechblog@gmail.com

【公式情報】
https://www.sba.gov/funding-programs/loans/coronavirus-relief-options/paycheck-protection-program-ppp

【参考情報】
https://www.krostcpas.com/news/the-economic-injury-disaster-loan-eidl-program-vs-the-paycheck-protection-program-ppp
https://www.nav.com/blog/covid-disaster-loans-vs-paycheck-protection-loans-590269/
https://www.entrepreneur.com/article/348710
https://news.crunchbase.com/news/forgivable-loan-apps-start-today-and-will-be-big-for-startups-facing-covid-19-disruptions/

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。