時価総額3.6兆円!商業用不動産テックの覇者CoStarがZillow と全面対決へ

このブログでは基本的にアメリカ不動産テックの中でも最大の市場規模である居住用不動産、中でも中古売買を中心に紹介してきましたが、今回は趣向を変えて商業用不動産に焦点を当てたいと思います。
ここで言う商業用不動産とは、具体的にはオフィスや店舗物件の賃貸・売買のことを指します。

Zillow・Redfinをも凌ぐ商業用不動産テックの覇者CoStar

中でも今回紹介したいのはCoStarという不動産テック企業です。
同社は商業用不動産のプラットフォームとして圧倒的NO.1の立ち位置を確立しており、言わば商業用不動産版Zillowのような存在です。

CoStarの凄さをお伝えするために居住用不動産のテック企業の筆頭格であるZillowとRedfinと業績を比較してみました。

ご覧の通り、売上ではZillowに及ばないもののRedfinよりは大きく、何と言っても営業利益ベースで未だに赤字のZillow・Redfinとは対照的にCoStarは380億円の黒字、26%の営業利益率という優等生ぶりが光ります。その結果、なんと時価総額は3.6兆円とZillowをも上回っているのです。

B2Cで居住用不動産を扱っているZillowやRedfinの方が華やかで目立つ存在ですが、利益や時価総額の観点ではCoStarこそがアメリカ不動産テックのトップ企業であると言っても過言ではありません。

CoStarがM&Aにより居住用不動産への参入を検討中

このタイミングでCoStarを解説したかったのには理由があります。
というのも、CoStarが居住用不動産の物件データを取り扱う大手企業CoreLogicの買収を検討しているというニュースが飛び込んできたからです。

これは明らかにプラットフォーマーとして居住用不動産にも参入する布石です。商業用不動産の覇者であり時価総額ベースでZillowをも凌ぐ存在であるCoStarが、いよいよ米国不動産の本丸である中古住宅売買に乗り込んでくることに業界がざわついています。

※追記: 結局、CoStarはCoreLogicではなく、住宅売買のポータルとエージェント向けツールを提供しているHomesnapという会社を11月23日に$250M(250億円)で買収しました。最終的な買収先は別の企業に落ち着きましたが、CoStarが本格的に住宅売買領域に参入するという方向性自体は報道されていた通りになりました。

Bloombergの報道より(2020年10月29日)

今回はこのCoStarの戦略、プロダクト、課題などを解説しながら、なぜ今あえて激戦区の居住用不動産売買への参入を検討しているのかを紐解きたいと思います。

前提: 商業用不動産にMLSは存在しない

CoStarの具体的な紹介の前に少し前提を確認します。
アメリカの居住用の不動産を売買する際、物件情報をMLSに登録することが義務付けられています。MLSにはほぼ全ての中古売買物件が網羅され、1物件あたりの写真数や情報量も豊富なため物件データベースとして十二分に機能しています。
ZillowやRealtor.com、Redfinといった不動産ポータルはこのMLSの情報をベースにしており、ユーザーやエージェントは主にそれらの不動産ポータルを使って物件情報にアクセスします。(MLSも直接閲覧できるのですが、UIがむちゃくちゃ使いづらいので)

一方、商業用不動産に関してはMLSのようなパブリックなデータベースは存在しません。オフィスや店舗の売買や賃貸に関する情報は物件オーナーや仲介会社がバラバラに保有していたため非常に不便な状態が続いていました。

ちょっと極端な図にはなりますが、理論的には以下のように商業用不動産を横断的に管理するデータベースが存在しないため、買い手・借り手はいちいち各エージェントに個別に問い合わせしなければならないし、エージェントによって紹介してくれる物件が異なることになります。

※後ほど紹介するCoStarやLoopNetの存在により、実際にはこのような状況にはなっていないのですが、あくまでMLSのある住宅売買との対比で「理論上は」という話です。

戦略: 力技で商業用不動産の物件情報をかき集める

このような商業用不動産の物件情報が集約されていない課題を解決するべく登場したのがCoStarです。彼らは独自に物件情報を集め、自らデータベースを構築してしまったのです。

ここで頭に浮かぶのは、「住宅売買のように物件登録義務がない中で、どうやって物件情報を集めたか?」という疑問です。

その答えは、「力技で集めた」です。CoStarはResearch Teamと呼ばれる巨大なコールセンターを持っており、担当している仲介会社・エージェントに定期的に電話をかけ最新の物件情報をヒアリングしているのです。

もちろん当初はなかなか情報を提供してもらえず苦戦するケースも多かったようですが、今やCoStarは全米最大の商業用不動産プラットフォームです。
・仲介会社側も情報を提供してCoStarに掲載してもらった方が仲介物件の成約確率が高まる
・無下に断るよりは自社の情報を提供しつつ、持ちつ持たれつで市場動向や競合物件の状況をCoStarに教えてもらった方がメリットが大きい
といった理由から、現在ほとんどの仲介会社はヒアリングに応じているようです。

CoStarのResearch Teamオフィス(https://www.costar.com/about)

またコールセンターに加えて、CoStarはField Researchといって車や飛行機(!)でエリア内を巡回し、商業用物件の建築情報や売却・賃貸の看板をいち早くキャッチするというフィールドワーク活動も行っています。

CoStarがField Researchを行う際に使用する車と飛行機(https://www.costar.com/about)

プロダクト: 月額課金の有料プラットフォームで各種データを提供

物件情報を集めたプラットフォームでありながらCoStarのビジネスモデルは不動産ポータルとは若干異なります。
CoStarは商業用不動産の仲介会社・エージェントといった業者向けに特化しており、物件データベースは一般公開していません。物件情報にアクセスするには月額費用を支払って会員向けページにログインする必要があるのです。

このプロダクトはCoStar Suiteと呼ばれており、単なる物件検索だけでなく、
・同一エリア内の競合物件の動向
・商業用不動産のエージェントやオーナーの連絡先情報ディレクトリ
・顧客向けの物件比較レポート
といった多岐にわたる機能を実装しており、商業用不動産の仲介会社・エージェントはこれらを顧客への提案やマーケット分析に活用しています。(月額費用は同社のホームページ上では公開されていませんが、$49〜$399で複数プランがあるようです)

CoStar Suiteの機能イメージ(https://www.costar.com/costar-suite)

課題: 郊外エリアで採算が合わず競合LoopNetが台頭

ここまではCoStarの創業以来の成長戦略とプロダクトについて解説してきました。コールセンターやフィールドワークといった地道な活動の結果、これまで誰も成し得なかった商業用不動産のデータベース化に成功。盤石にも見えるCoStarですが事業構造上、大きな弱点がありました。

それは都市部のように物件が集積しておらず市場規模も小さい郊外では、どうしても売上に対して物件収集コストの方が割高になってしまうのです。

CoStarは都心に強いモデルで郊外のシェアは低かった

この弱点に着目し、CoStarを相手に急成長してきた競合がLoopNetです。こちらの方がオーソドックスなマーケットプレイス戦略で、商業用不動産のオーナーや仲介会社・エージェントが直接LoopNet上に物件情報を登録して集客を図るというモデルです。

LoopNetのトップ画面。馴染みのあるオーソドックスな不動産ポータルのUIですね。

このモデルがはまってCoStarがカバーしきれない郊外を中心にシェアを伸ばし、両社の火花を散らすライバル関係は訴訟問題にまで発展する激しさでした。

LoopNetの買収により都心と郊外を押さえ、商業用不動産を制覇

ところが、2011年の4月、なんとCoStarはLoopNetを$860M(約900億円)で買収することを発表。

何ともアメリカ的な合理性を追求した展開ですが、何はともあれ都市部に強いCoStarと、郊外のロングテールに強いLoopNetの補完関係は盤石で、磐石すぎるあまり独占禁止法違反の疑いで当局が事前調査に動いたほどでした。

結果的にこの買収が正式に認可され、両社の統合が進んだ今、いよいよCoStarグループは商業用不動産業界の覇権を握ってしまったと言えます。

LoopNetを傘下におさめることで郊外も含めて名実ともに商業用不動産を制する形に

居住用物件のMLSとの対比でCoStarとLoopNetの物件情報の流れをもう少し詳しくまとめると以下のようになります。

都心部はコールセンターによる人力でCoStarに物件情報を登録し、郊外はマーケットプレイス型で物件オーナーやエージェントが直接LoopNetに登録。更にCoStarとLoopNetは互いにデータ連携をして物件情報を補完し合います。
こうしてCoStarグループは民間企業ながら商業用不動産のMLSのような立ち位置を確立したと言えます。

Apartments.comを買収し、居住用不動産の賃貸に参入

商業用不動産を制したCoStarは驚くべき次の一手を打ちます。なんとの居住用賃貸不動産のポータル大手Apartments.comを2014年4月に$585M(約600億円)で買収してしまったのです。

・LoopNetの買収によって商業用不動産業界での成長白地が少なくなってきた
・居住用不動産の売買と比較すると賃貸は市場規模が小さく競争も激しくないため参入しやすい
・居住用不動産の賃貸は商業用不動産と同様にMLS登録義務がなく物件情報が集約されていないためCoStarの知見を生かしやすい
といった点から、戦略としては理に適っており、現に買収以降Apartments.comは着々と成長し、現在はZillowの賃貸部門を上回る売上と掲載物件数を誇っています。

Apartments.comの買収によりCoStarグループの事業ドメインは以下のようになりました。

満を持して残された最大セグメント住宅売買へ参入

こうした文脈で見ると、残るセグメントは右下の居住用不動産の売買のみ。賃貸領域を通して居住用不動産での経験を積んだ今、最後にして最大の市場に挑戦するのは自然な流れかもしれません。

CoreLogicは居住用不動産を中心にデータビジネスを展開しており、同社を買収することで容易にCoStarのようなデータビジネスやDotLoopのようなポータルビジネスを展開することが可能です。

買収自体は交渉の真っ最中なので、成立するかどうかは分かりませんが、少なくともCoStarが何らかの形で居住用不動産売買の領域に進出を目論んでいるのは間違いないようです。

一方で、このニュースを聞いて心中穏やかではないのが、この右下の居住用不動産売買というセグメントを牛耳っているZillowです。

ポータルサイトとしてRedfinの猛追をしのぎ、OpendoorのiBuyerモデルによる破壊的イノベーションに対しては自ら本気でiBuyer事業を仕掛けることでセルフディスラプトを成功したと思った矢先に、思わぬ方向から超強力な刺客が出現したわけです。

Zillowよりも資本力が大きいテック企業はGAFAを筆頭に数多く存在しますが、不動産業界での土地勘・ネットワーク・実行力を兼ね備えているという点でCoStarは唯一無二の存在です。しかしたらZillowにとってはGAFAよりも恐ろしい存在かもしれません。

突如、現実味を帯びてきたZillow vs CoStarの米国不動産テックの頂上対決。今後の動向から目が離せません。

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。