【米国不動産テック】2019年5大トレンド総おさらい

市川 紘(Ko Ichikawa)
18 min readDec 28, 2019

2019年も残すところあとわずか。CB Insightsが8月に発表したレポートによると、米国の不動産テック企業に対する株式投資額の2019年累計額は4,000億円を上回り、過去最多の記録となる見込みです。

ますます勢いを増す米国不動産テック業界では、この1年も様々な出来事があり、このブログでも詳細を解説してきました。
今回は年の瀬ということで、その中でも特に大きなトレンド5つをザックリまとめたいと思います。これさえ読めば2019年の米国不動産テックのおさらいはバッチリです。

トレンド①: iBuyerの躍進と戦国時代突入

マーケットシェアと通過率の上昇

2019年はiBuyerが躍進し、一気に市民権を得た一年でした。
Redfinの調査によるとiBuyerがすでに浸透している18都市におけるマーケットシェアは上昇を続け、2019年Q3には3%を上回りました。

https://www.redfin.com/blog/ibuyer-real-estate-q3-2019/

中でもiBuyerが浸透しているPhoenixでは、売主のiBuyer通過率が実に30%前後に到達しています。これはPhoenixで物件を売却した人が100人いれば30人はiBuyerに見積もりを依頼していたということを意味しています。

従来であれば、一括見積りやZestimate(Zillowがウェブ上に公開している価格査定ツール)で価格の目安を調べてから売却をスタートするのが一般的でしたが、それらの価格は何のコミットメントも伴わない机上の査定です。(そしてこの査定が上振れる傾向があることをユーザーも学び始めています)

他方でiBuyerの査定は、その企業自身が「今日にでもキャッシュで買う」と約束している金額です。最終的にiBuyerに売却するかどうかは別として、より確かな価格の目安としてユーザーが活用し始めているのです。

つまりiBuyerに物件を売却するユーザーが増加するだけでなく、これまでオンラインでの集客の難しかった物件売却ユーザーが必ず一度は通る集客装置としてiBuyerが機能し始めているのです。

エリア展開の加速と高額エリアへの進出

iBuyerの躍進を物語るもう一つのニュースは、エリア展開の加速です。2019年末時点でOpendoor20都市、Zillow21都市、Offerpad12都市と全米のかなりのエリアをカバーするようになりました。

各社の展開都市まとめ(過去記事を再掲)

これまでは価格予測のしやすさから物件価格3000万円前後の平均的なエリアに展開が集中していましたが、物件価格の高い大都市への展開が始まったのも今年の大きなニュースの一つです。2019年11月にOpendoorが平均物件価格が8000万円にのぼるLos Angelesに進出し、後を追うようにZillowも進出しました。
この背景には、アルゴリズムの改善と巨大市場における先行者利益を獲得したいという各社の思惑があります。

大都市は米国平均や従来のiBuyer展開エリア平均より市場規模が大きくインパクトが大きい(過去記事を再掲)

Zillowの本気によって戦国時代に突入

このようなiBuyerの目をみはる成長のきっかけとなったのは、Zillowが本気でこの領域に取り組み始めたことです。

2018年4月から小規模にiBuyerの実験を開始していたZillowですが、2019年2月の決算発表でiBuyerに本腰を入れることを発表。
企業変革のために、すでに引退していた創業者のRich Barton が9年ぶりにCEOに返り咲き、向こう3〜5年で既存のポータル事業の成長目標をわずか1.5倍に抑える一方でiBuyer事業は367倍という大胆な目標を発表しました。
これは実質的にiBuyer企業に生まれ変わることを宣言しているに等しいです。

2019年2月の決算報告会で発表されたZillowの中期売上計画(過去記事を再掲)

2億UUを誇る全米最大の不動産ポータルZillowのiBuyer本格進出は競合にとって大きな脅威となり、それに対抗するための様々な提携戦略の引き金となりました。

iBuyerのパイオニアOpendoorはZillowの競合ポータルであるRedfinと提携。またOpendoorと並んでこの業界を牽引してきたOfferpadは全米最大の仲介会社であるKeller Willamsと提携しました。
このようにアメリカを代表する数々の不動産企業によって参入と合従連衡が繰り返され、さながら漫画のキングダムのような戦国時代の様相を呈しています。

iBuyer各社の勢力図マッピング(過去記事を再掲)

トレンド②: 不動産テックが住宅ローン業界へ領海侵犯

不動産業界と住宅ローン業界は、持ちつ持たれつの関係を長年続けていました。購入物件が決まって住宅ローンを検討中のユーザーを仲介会社がローン会社へ紹介したり、ローンの事前承認が下りていよいよこれから物件探しというユーザーをローン会社が仲介会社に紹介したり、といった具合にです。

しかし、この暗黙の了解を破って住宅ローン事業を開始する不動産テック企業が2019年に続出しました。

というのも、冒頭に紹介した好調な資金調達状況の裏返しではあるのですが、iBuyerにしろポータルにしろ仲介会社にしろ、莫大な資金を持つ不動産テック企業同士がユーザー獲得のための先行投資をしているため、利益が出づらい業界構造になっているのです。

そういった状況下で、不動産事業単体では利益が出なくても、そこで獲得したユーザーを周辺領域でマネタイズするというベクトルに各社が向かい始めています。中でも住宅ローンは金利が3%以上と高く、利益を出しやすい領域のため最大のターゲットにされています。

2017年にRedfinがRedfin Mortgageをスタートしたのが先駆けですが、2018年7月にはKeller WilliamsがKELLER Mortgageをローンチ、10月にはZillowがMortgage Lenders of Americaを買収しZillow Home Loansとしてリブランド。2019年に入ると7月にHomeLightがEaveを買収してHomeLight Home Loansとしてリブランド、8月にはOpendoorがOpendoor Home Loansをローンチ、11月には将来的な住宅ローン参入に向けてディスカウント仲介会社REXが44億円を調達と、この手のニュースが相次いでいます。

トレンド③: 新たな住宅金融ソリューションの台頭

ZORCに続く新世代のユニコーン候補が台頭

ここ数年の米国不動産テック企業はZORCと呼ばれるZillow・Opendoor・Redfin・Compassの4社を中心に回っていました。
もう少し時系列に沿って説明すると、不動産ポータルの雄Zillowに対して、ポータルと仲介会社を兼ね備えるRedfinがいかに戦いを挑むかが最大の争点だったのが2017年頃まで。
その後、SoftBank Vision Fundの巨大な資本力をバックにつけたCompassとOpendoorが、それぞれ「テック仲介会社」と「iBuyer」 という新機軸を打ち出して注目を集め始めたのが2018年といった感じです。

2019年も引き続きこの4社の存在感は際立っていましたが、同時にそれに続く新世代のユニコーン企業候補が台頭し始めてきました。各社の共通点として挙げられるのは、 金融ソリューションによって不動産ユーザーの課題を解決するというコンセプトです。

現金一括購入を支援するCash OfferとTrade-In

アメリカの人気中古物件は複数の購入オファーでの競争になることが多く、欲しい物件が見つかってもなかなかオファー合戦に勝てないという課題があります。

この課題を解決するために、一定の手数料と引き換えに買主の現金一括購入を支援するビジネスが台頭してきています。売主がオファーを選ぶ際には、「購入金額の高さ」だけでなく、「住宅ローン落ちリスクの低さ」も重要なファクターになるため、ローン落ちリスクのない現金一括購入であればオファー合戦に勝てる確率が上がるからです。

現金一括購入を支援するビジネスは、初回購入か買い替えによって2種類あります。

初回購入の場合は、FlyhomesやRibbonが「Cash Offer」というビジネスを通して、買主の与信を独自に審査し、通常の住宅ローン承認を待たずして現金一括オファーを企業側が保証しています。
購入オファーが受理された後、住宅ローンが無事に承認されればCash Offer企業の出る幕はないのですが、何らかの理由で住宅ローンが下りなかった場合は次善策としてCash Offer企業が売主から物件を買い取ります。
その後、買主は時間をかけて住宅ローンを確保し、Cash Offer企業から物件を買い戻すという流れになります。

買い替えユーザーの現金一括購入を支援するTrade-In

一方で買い替えの場合は、購入資金面の変動要素は「住宅ローンが下りるか」ではなく「現住居が売れるか」になります。このためのソリューションが「Trade-In」です。

このモデルでは、企業が買主の代わりに物件を現金一括購入して一旦保有し、買主は現住居が売れた段階でその売却資金を元手に買い戻します。
代表企業はiBuyerからピボットしたKnockで、それに続く形でディスカウント仲介会社のRealiやCash Offer企業のFlyhomesが参入してきています。

引っ越すことなく持ち家資産を現金化できるHome Equity Tapping

もう一点、まったく別の切り口のユーザー課題として、「持ち家資産はあるのに現金が不足する」という問題があります。

ご存知の通りアメリカは中古不動産価格が安定しており、買ったときよりも物件が値上がりしているケースが多々あります。
一方で日々の家計という観点では、健康保険や年金制度が整備されていない、リストラのハードルが低く職を失いやすい、大学の学費やそれに伴う奨学金返済が高額になる、といった背景から現金不足に陥り、クレジットカード破産寸前のユーザーが非常に多いです。

もちろん値上がりした家を売ってしまえば現金は入ってくるのですが、その場合は望まない住み替えが発生し、ライフスタイルを大きく変えることを余儀なくされてしまいます。
そこで台頭してきているのは家を引っ越すことなく持ち家資産を現金化できる「Home Equity Tapping」という分野です。

この分野におけるソリューションには3つの分類があります。

一番分かりやすいのは従来からあった不動産担保ローンHELOCをテクノロジーによって合理化・迅速化するソリューションです。代表企業のFigureは手続きのオンライン化によって5分以内での審査・5日以内の現金受け取りを可能にしています。

二つ目のソリューションがLeasebackで、物件を売却して現金化した後も賃貸で同じ家に住み続けられるというソリューションです。日本でも浸透してきているビジネスモデルですが、アメリカではEasyKnockが全国規模で展開しています。

最後が持ち家資産の一部を証券化して、物件の値上がりに伴う将来利益の権利を譲渡することで現金を得るShared Equityで、Point、Hometap、Unison、Partch Homesと参入企業が増えています。

ここで紹介したCash Offer、Trade-In、Home Equity Tappingの企業の一覧を以下にまとめました。ご覧の通り、各社ともに大規模な資金調達に成功しており、ZORCに続く不動産テックのユニコーン企業はここから出てくる可能性が高いです。

トレンド④: SoftBank Vision Fundファミリーの失速

米国不動産テック業界でも、ここ数年のSoftBank Vision Fundの存在感は圧倒的でした。ただし、2019年はこの潮目が大きく変わった一年でした。

WeWorkについてはあえてここで解説する必要もないくらい報道されていましたが、IPOが頓挫し、結果として当初の$47Bを大幅に下回る$8Bの評価額でSoftBankにより救済されました。

同じくSoftBank Vision Fundから累計で$1.6B弱を調達している建設テック企業Katerraは100人規模のリストラ、Phoenixにある第一号工場の閉鎖、Co-FounderのFritz Wolff氏のボードメンバー辞任と、こちらも雲行きが怪しくなってきています。

そして何より気になるのがCompassです。
このブログでも指摘してきたように、Compassはトップエージェントの採用のためにエージェントから徴収する成約マージンを極端に低く設定しており、ほとんどマネタイズができていない状況です。

未上場企業なので情報は公開されていないのですが入手可能な取引総額・社員数・オフィス数といった断片的なデータから推測すると年間の赤字は営利ベースで$100Mを上回っているはずです。

New York, San Francisco, Los Angelesといった大都市の超一等地に豪華なオフィスを238拠点保有しており、多額の固定費を抱える(画像出典: https://compass.flcre.com/about

CompassはSoftBank Vision Fundをリードインベスターとして2018年の$400M・ 2019年の$370Mの資金調達をしていますが、前述の営利ベースの赤字や他の仲介会社やテック企業の買収費用によって、このキャッシュをバーンし続けていることになります。

ここで問題となるのが、Compassのビジネスモデルです。実際のところCompassは目新しいテクノロジーは持っておらず、「トップエージェントを採用することで彼らが抱えている顧客を獲得する」という昔ながらの仲介会社の戦略がベースです。
自社ポータルを強化するための頼みの綱だった自社仲介物件の「Compass Exclusive(MLSに登録せずCompassサイトにのみ掲載)」や「Coming Soon(MLSや他社サイトに先駆けて掲載)」も、2019年9月に発表されたMLSの新方針によってルール上許されなくなってしまい、まさに八方塞がりな状況です。

この「テック企業とは名ばかりで実態は古典的な仲介会社」という構図は、テック企業のメッキが剥がれて単なるオフィスサブリース業であることが露呈したWeWorkと酷似しています。

WeWorkで痛い目にあったSoftBank Vision Fundが、同じような構図のCompassに対する投資を継続する可能性は低いです。SoftBankからの資金供給が絶たれるとキャッシュはどんどん減っていき、最悪の場合は倒産のリスクもあります。

WeWorkの場合はいわゆる「Too big to fail」の典型で、あまりのインパクトの大きさからSoftBankも救済せざるをえませんでしたが、Compassはそこまでの規模には至っていないので見殺しにされるシナリオもあると思っています。(他業界にはなりますが、2019年12月にSoftBank Vision Fundは犬の散歩代行アプリのWagから出資を引き揚げ持ち分を会社側に売却しました)

その影響かは分かりませんが、内部も相当ゴタゴタしてるようで、2019年の6月にはHead of ProductとCMOが退職、7月にはCEOの右腕的存在だったCOOが退職、そして9月にはVP of Communicationsが入社わずか9ヶ月で退職と、経営陣が立て続けにCompassを去っています。

窮地を迎えているSVF傘下の米国不動産テック企業(SoftBank発表資料を編集)

トレンド⑤: Amazonの不動産業界参入

2019年でもっとも話題となったニュースは、何と言ってもAmazonが全米最大の仲介会社グループRealogyとの共同事業としてTurnKeyを立ち上げたことです。

不動産仲介市場からオンライン広告でマネタイズしてきたGoogleやFacebookと異なり、Amazonはこの市場から一定の距離をとっていたので、「不動産エージェント紹介サイト」という単なる広告よりも一歩踏み込んだビジネスモデルで参入してきたことは業界を驚かせました。

prnewswire.comnより転載

ただし、このビジネスの最大の狙いは仲介市場で儲けることではなく、自社のスマートホーム機器を浸透させることです。
というのも、ユーザーがTurnKey経由で成約するとAmazonのスマートホーム機器を無料でもらうことができ、引越し当日にAmazonのスタッフが訪問して初期設定までやってくれるのです。

つまり、Amazonは入居初日という最速のタッチポイントで複数のスマートホーム機器を設置・連携させてしまうことで、ライバルであるGoogleやAppleからのリプレイスがほぼ不可能な状態を作り上げることを狙っているのです。

スマートホーム機器を引っ越しのタイミングで設置(https://www.amazon.com/adlp/turnkeyより)

現時点では、エージェントに課金する成約手数料からこのスマートホーム機器の原価分を回収しているに過ぎず、不動産事業そのものに強い関心があるわけではなさそうです。

TurnLeyのビジネスモデル(現在のところAmazonは特典コストのみを回収するのみで(赤文字部分)、利益は得ていない

AmazonのEC上でプロモーションを強化しているわけではないので、今のところ成約数も少なく、2019年末時点ではそこまで大きなインパクトがないというのが業界内での評価です。
ただ、今後もチャンスがあると見れば一気に仕掛けてくる可能性はゼロではないので引き続き要注目です。

2019年も残すところあと数日。本年もお世話になりました。
2020年もアメリカから不動産テックの最新動向をお届けしたいと思います。

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⑤Amazonの不動産業界参入
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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。