米国不動産ポータル戦争の勢力図①(現状整理編)

市川 紘(Ko Ichikawa)
14 min readSep 25, 2018

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どの国にも共通して言えることですが、物件探しのオンラインシェアはアメリカでも年々伸び続けています。日に日に存在感を増すポータルサイトを抜きにして、このアメリカの不動産業界を語ることはできません。

日本で不動産ポータルというとSUUMOやHOME’Sが有名ですが、アメリカではどのような勢力図になっているか、今回は解説してみたいと思います。長くなってしまいそうなので、「現状整理」編と「今後の展望」編の前後編に分けてまとめます。
(ざっくり知れればいいよ、という人は挿入してある図表だけ見てもらえば十分わかると思います)

米国の不動産ポータルサイト勢力図を理解する上ために、分類の仕方は色々あるのですが、特に重要なのは「掲載情報」と「マネタイズ方法」の2軸です。

掲載情報は、
①物件情報(MLS接続)
②物件情報(MLS非接続)
③エージェント情報

マネタイズ方法は、
①掲載課金
②反響課金
③成約課金

にざっくり分けることができます。

というわけで、まずは、3パターンの掲載情報から見ていきましょう。

掲載情報①: 物件情報(MLS接続)

不動産ポータルサイトの掲載情報としてもっとも一般的なのは、当然ながら物件情報です。ユーザーは自分の条件を入力して物件を検索することができます。SUUMOやHOME’Sもこの分類ですね。

物件情報の情報源としてもっとも信頼度が高いのは不動産業者向けのデータベースMLS(アメリカ版REINS)です。

MLSのデータベースに直接接続すれば、販売中のほぼ全ての物件情報をリアルタイムにサイト掲載できます。
情報の鮮度・精度・網羅性が一番高く、ポータルサイトとしてはある意味、究極系と言えます。

唯一のデメリットは色々と手間がかかることです。
MLS接続のためには仲介会社ライセンスが必須なので、各州のライセンスを取得・管理しなければなりません。

加えて厄介なのは、このMLSは地域ごとに約900存在し、MLSごとに管理団体やデータベースの構造が全く異なるという点です。
すべてのMLSのアカウントを抜け漏れなく管理するのは大変ですし、千差万別のデータベースの情報を正しく自社サイトの物件ページに表示する(=データマッピング)仕組みを作るのは至難の業です。

お役所仕事の管理団体から何の事前通知もなくデータベースの仕様が変わることもあるので、そのときのデータエンジニアチームの様子といったら阿鼻叫喚です。

仲介会社ライセンスを持ち、MLS接続で物件情報を掲載しているポータルサイトの代表格がRedfinです。

もともとZillowやRealtor.comといった大手ポータルサイトに遅れをとっていたのですが、前述のMLS接続を生かした情報の鮮度・精度・網羅性が徐々にユーザーに認知されるようになり、「本気で物件を探しているユーザーにとってはもっとも信頼できるメディア」という立ち位置を確立。
ユーザー数を年々伸ばし、昨年にはついにNASDAQに上場。全米最大手のZillowにとっての最大の脅威となっています。

当然のことながらライセンスを用いて仲介会社ビジネスも展開しており、テクノロジーを生かして業務の効率化・標準化を行い、業界平均の半額程度の仲介手数料でサービス提供することをウリにしています。

このセグメントでRedfinに続く2番手が、手前味噌ですが僕の働いているMovotoです。
Redfinが36州の仲介会社ライセンスしか持っていないのに対し、Movotoは全米50州すべてのライセンスを持つ唯一のポータルサイトです。
仲介会社ライセンス・MLSアカウント・データマッピングを管理するのは毎日なかなか大変ですが、その甲斐あってユーザー数は倍々で伸びています。

Movotoは仲介会社としては西海岸を中心に事業展開をしており、割安な仲介手数料を実現するために若手エージェントを採用しているRedfinに対し、各エリアの経験豊富なトップエージェントを採用しているのが特長です。

掲載情報②: 物件情報(MLS非接続)

仲介会社ライセンスを持っていないポータルサイトはMLS接続の権限がないので、他の方法で物件情報を取得して掲載しています。

その具体的な方法については後で詳しく説明するとして、このセグメントの代表格は全米最大手の不動産ポータルサイトZillowです。

Zillowの特長といえば物件価格予測ツールのZestimateです。
他社に先駆けて導入したこの機能によって、Zillowは全米ナンバーワンの座を確固たるものにしました。

予測精度には粗も多く不動産業界の関係者からは嫌われているツールですが、ユーザには物件価格の目安を知る手段として重宝されています。
RedfinのCEOであるGlen Kelman氏のインタビューでの発言が端的にこれを表していました。

インタビュアー:自分が思いつきたかった、あるいはRedfinが最初に始めたかった不動産業界のイノベーションは何ですか?

Kelman氏: Zestimateを発明したことでZillowは業界に大きな影響を与えたと思います。Redfinも価格予測ツールを検討したことはありましたが、(オンライン情報のみで価格予測をすることは)無責任なことになってしまうと懸念して、二の足を踏んでいました。
「ユーザーは、たとえそれが完璧な予想でなくても自分の家がざっくりいくらくらいなのかを、誰とも話すことなく知りたいと思っている」という発想が私たちには抜け落ちていたのです。

Truliaもこのセグメントの有力企業で、長らくZillowの最大のライバルとして争っていましたが、2015年2月にZillowに$3.5B(約3,900億円)で買収され、現在は別サイトとして運営しながらもZillowグループの一員となっています。

仲介会社ライセンスがなくMLSへの接続権限のないZillow・Truliaは、MLSの運営団体にお金を払ったり、運営団体OBの天下りを受け入れたりしながら、物件データを取得していると言われています。

Realtor.comもこのセグメントにおける大手の一角です。
もともとNARという不動産業界団体の会員向けのクローズドなプラットフォームだったのですが、消費者向けウェブサイトとして1996年にスピンアウトしました。
NARはMLSを運営している団体でもあるため、特例的にRealtor.comが接続できるMLSもあるようですが、それができない場合は仲介会社経由で物件データを入手しています。

結果、各社なんだかんだで物件情報は網羅できているのですが、仲介会社ライセンスを持ちMLS接続権限のあるポータルサイトと比較すると、ワンクッション挟むため情報鮮度・精度・網羅性で劣ります。

またMLSや仲介会社から情報提供を続けてもらうための関係構築が必須となるので、営業活動・ロビー活動への投資が必要になります。

掲載情報③: エージェント情報

物件情報を全く持っておらず、エージェント情報の検索のみに特化したポータルサイトもあります。
リピートや紹介ではなくオンラインでわざわざエージェントを一から探すという人は、物件を探す人と比べると非常にニッチで、事業として大きくスケールはしづらいという課題があります。

ただし、裏を返すと「自分に合ったエージェントを見つけたい」というユーザーは、すでに既に購入物件の候補が決まっていたり、現住居の売却を決心していたりと成約率が高いケースが多いです。

また、物件情報と比較してウェブサイトは簡素なもので済みますし、他のセグメントにあるような仲介会社ライセンス・MLS管理や営業・ロビー活動といったコストがかからないため、比較的容易にビジネスを展開することが可能です。

事業規模は小さいものの、ユーザーの成約率(=収益性)が高く、コストも低いので、事業として黒字化しやすいと言うメリットがあります。

代表的なプレーヤーはHomelightです。自分の条件を登録すると、複数の地元トップエージェントからオファーを受け取り、その中から自分にあったエージェントを選ぶことができます。直近ではプロモーションを強化し、YelpやUS Newsとも提携しています。
競合として挙げられるのはUpNestで、同じく地元のトップエージェントをマッチングします。

以上を図にまとめるとこんな感じです。

続いて、もう一つの分類軸である「マネタイズ方法」についてまとめます。

①掲載課金

掲載課金の場合、エージェントや仲介会社といったクライアントは決められた月額の掲載費をポータルサイトに前金で支払います。
結果どれくらいのリード(直訳すると「見込み客」という意味で、物件に対する問い合わせのことを指します)を獲得できるかは、やってみないと分からないので、リードが想定よりも少なくて費用対効果が悪化することもあります。

費用対効果悪化のリスクをクライアント側が負っているため、ポータルサイトとしてこのビジネスを受け入れてもらうのは簡単ではありません。

相当なブランド力があり、費用対効果に多少は目をつぶったとしてもリードの絶対数が他サイトよりも多い、というようなトッププレイヤーしか許されないモデルです。

②反響課金

1リードあたり◯◯ドルという従量課金モデルです。
リードを受け取ったときだけ固定された単価が発生するので、費用対効果が悪化するリスクはありません。
ただし、質の悪い(=成約率の低い)リードであっても同じ単価を支払わなければいけないので、その点においてはクライアント側にまだ若干のリスクがあります。

③成約課金

リードを受け取った段階では料金は発生せず、その後の接客の結果、成約にいたった場合のみ成約手数料を課金するモデルです。
前払いは一切発生せず、成約して仲介手数料が入ったときのみ、その一部をポータルサイト側に支払えば良いので、クライアント側にとってのリスクはゼロです。

今度はこの3つのモデルをクライアント側ではなくポータルサイト側の視点で見てみましょう。

掲載課金: 売上は月額固定の前払いなので、実際のリード数には直接的には影響されません。
サイトのパフォーマンスやSEOランキング、景気変動や季節要因といった変動要素に左右されることなく、安定した売上を見込めるので、ポータルサイトにとっては最もリスクが低いです。

反響課金: リード数の増減によって売上が変動するというリスクはあります。ただし、そのリードが結果、成約に至ったかどうかにかかわらず収益は確保できるので、ポータルサイト側のリスクは中間くらいです。

成約課金: これが一番厄介です。せっかくポータルサイトとしてあらゆる努力をしてリードを創出しても、マネタイズできるかどうかはそれを受け取ったエージェントの接客に100%依存するという大きなジレンマを抱えています。

しかも、
・エージェントからすると、成約しても30%前後を手数料としてポータルサイトに支払わないといけないため自分の既存顧客を優先しがち
・掲載課金や反響課金のように身銭を切ってリードを獲得しているわけではないので真剣度合いに欠ける
・成約したにもかかわらず手数料を支払いたくないためポータルサイト側に報告しない
といった問題が往々にして発生し、思ったより成約数が上がらずマネタイズできないという課題があります。

「成約課金」と聞くと先進的なモデルのように思えますが、ポータルサイト側ではコントロールできないエージェントのパフォーマンスに収益が左右されるためリスクが最も大きいです。

以上のように、①掲載課金→②反響課金→③成約課金の順に、クライアントにとってはリスクが小さくなり、反対にポータルサイト側にとってはリスクが大きくなるという構造です。
クライアント側はなるべき成約課金寄りに、ポータルサイト側はなるべく掲載課金寄りに持ち込めるよう綱引きをしているのが現状です。

企業別に見ると、掲載課金モデルをとれているのはZillow・Trulia連合のみ。業界最大手の面目躍如ですね。
反響課金の代表格はRealtor.com。(追記: Realtor.comは大口顧客には反響課金モデルですが、中小規模の顧客には広告課金モデルを採用しているようです)
Movotoはリードを自社エージェントに配るのですが、自社エージェントがカバーしていないエリアでは反響課金モデルをとっています。
一方でRedfinの場合は、自社エージェントがいないエリアでは成約課金。残るHomelight・UpNestも成約課金です。

各社の時価総額・ユーザー数

時価総額でいくと、Truliaを含むZillowグループ(NASDAQ上場)が$6.2B(約6,800億円)。さかのぼるとTruliaは2015年2月にZillowに$3.5B(約3,900億円)で買収されています。
長らくユニコーン企業として君臨していたRedfinも2017年7月に上場し、現在は時価総額$1.6B(約1,800億円)。
Realtor.comはNews Corporation傘下に入ったため現在の時価総額は不明ですが、2016年段階では$2.5B(約2,800億円)でした。
スタートアップのHomelightは2017年8月のSeriesB段階で$190M(約210億円)で、その他のスタートアップMovotoとUpnestは非公開となっています。

ユーザー数に関して公表されているのは、Zillowの月間1億8,800万UU(2018年4月)と月間Redfinの2262万UU(2017年平均)。
ただし、ZillowのUUには圧倒的にユーザー数の多い賃貸領域を含まれているので、フェアな比較ではありません。メインの売買領域では両社の差はもっと小さいイメージです。

手元には各社のトラフィックを調査したデータがあって、具体的な数字はここには書けないのですが、ざっくり言うとZillowの後にRealtor.com、Trulia、Redfin、Movotoと続き、物件情報ポータルが上位を独占しています。
エージェント情報ポータルのHomelightやUpNestのユーザー数はその10分の1以下の規模に留まっています。(繰り返しになりますが、ターゲットユーザーが異なるのでこの差は当然で、これらの企業が一概に劣っているというわけでありません。規模は小さくても黒字化がしやすく戦略的に筋の通ったビジネスモデルです)

ユーザー数をまとめると、Zillow→Realtor.com→Trulia→Redfin→Movoto→Homelight→UpNestの順でおおよそ時価総額と比例していると言えます。

「掲載情報」と「マネタイズ方法」、それに「時価総額」を加えて各社をプロットするとこんな感じになります。

後編では、このチャート上の各社の立ち位置がどのように変化していくのか等、今後の展望についてまとめたいと思います。

【まとめ】
・不動産ポータルサイトの分類軸として重要なのは「掲載情報」と「マネタイズ方法」。
・物件情報ポータルは手間やコストがかかる一方でターゲットとなる市場規模が大きい。一方でエージェント情報ポータルはコストを抑えられる反面、市場規模が小さい。
・掲載課金→反響課金→成約課金の順にクライアント側のリスクは小さくなり、逆にポータルサイト側のリスクは大きくなる。

※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。proptechblog@gmail.com

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市川 紘(Ko Ichikawa)
市川 紘(Ko Ichikawa)

Written by 市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。

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