米国最大の不動産テックイベント 「Inman Connect」 現地レポート

市川 紘(Ko Ichikawa)
17 min readAug 25, 2018

今年7月17〜20日に全米最大の不動産テックカンファレンス「Inman Connect」がサンフランシスコで開催されました。

開催地はサンフランシスコのど真ん中、Hilton San Francisco Union Square。4,000人を超えるエージェント、ブローカー、経営者、スタートアップ、投資家が一同に集まる全米最大の不動産テックイベントです。

地元での開催ということもあり、うちの会社からも毎年参加していて、僕も2016年から3年連続で来ています。せっかくなので現地の生の情報をレポートしたいと思います。

僕の知る限り、ここに参加していた日本人は僕以外に1人だけ(古巣のリクルートから)なので、おそらく日本で唯一の現地レポートになると思います。

「Inman Connect」は主にプレゼン形式のセッションとブース型の企業展示からなります。
セッションはHilton San Francisco Union Square内の10ヶ所の会場で合計143も開催されました。

Inman Connect セッションの様子

これはこれでとても興味深かったので機会があればまとめたいと思いますが、今回はブースに関して以下2点をレポートしたいと思います。

①2018年のブース参加企業のトレンド
②注目のスタートアップ7社の紹介

本邦初公開!ブース参加62社の事業内容

ブースコーナーでは数多くの不動産テックのスタートアップが自社製品のデモや宣伝を行っています。

当日のブースエリアの様子。大盛況でそこらじゅうでデモや商談をしてます

全企業がまとまった資料は配布されていないので、自分で全部のブースを回って、パンフレットを持ち帰り、一個一個パンフレットの中身とHPをチェックしてリストにまとめました。(死ぬほど手間がかかりました。。)

実際に持ち帰ってきたパンフレットの山

こちらが渾身のリストです。
事業内容をもとにざっくりカテゴリー分けしています。

※Medium上には貼付できなかったんですが、URL入りの元ファイル(EXCEL)もあるので欲しい方は連絡いただければ差し上げます。SNS等でつながっていない方はproptechblog@gmail.comまでメールをお送りください。

リストを作ってみて気づいたんですが、こんなに個別の企業を細かく羅列されても困ると思うので、僕なりに感じた「2018年のトレンド」と「注目のスタートアップ7社」をピックアップしてまとめたいと思います。

【2018年のトレンド】

トレンド① 「オンライン」から「オフライン」へ

過去数年の参加企業に共通する大きなテーマは「非効率なオフライン業務をオンラインに置き換え効率化する」というものでした。

・手帳やEXCELでの顧客管理→CRMシステム
・手間のかかる内見→3Dツアー
・費用対効果の悪いオフライン集客→自社HP+オンライン集客支援機能
といったのが典型的な例です。

ですが、今年は少し潮目の変化を感じました。「オンライン化を進めたけれども、それでも残ったオフライン業務をオフラインのまま効率化する」という潮目の変化です。

具体的な例としてはこんな感じです。

・メールやチャットでのコミュニケーションが進んでも、問い合わせ対応はいまだに電話が最重要チャネルのため、コールセンターに外部委託することで効率化する(Agenentology、Upcall、answerconnect等)

・ネット化が進んでも、紙媒体(チラシ・DM・パンフレット)は効果的な広告手法のため、制作工程をツールで効率化する(Lucidpress・Jigglar)

・電子署名やクラウド書類管理は進んでも、いまだに紙の契約書しか受け付けられない取引もあるため、その書類作成業務を効率化する(Glide)

※付け加えると、手元に残っているオフライン業務の効率化のためには、その業務をまるっとアウトソースするというのが分かりやすいソリューションなので、「代行サービス」カテゴリーが増えているというのも特徴です。

トレンド② 「買い手集客」から「売り手集客」へ

これは世界各国共通なのですが、不動産業界のネット集客は買い手側に大きく偏っています。
物件の「価格」「エリア」「広さ」といった定量的なスペックから検索、比較、絞り込んでいくプロセスがインターネットと相性が良いからです。

一方で、売り手側がエージェントや仲介会社を選ぶ際は、ネットで検索・比較できるような定量的な材料がほとんどなく、CM等の大型プロモーションによるブランド想起や家族・知人からの口コミに依存しているのが実情です。

とはいえ、大手ポータルサイトの寡占により買い手側の集客が飽和状態の中で、売り手集客に挑戦するスタートアップが登場し始めている、というのが直近のトレンドです。(以前紹介したiBuyerもその一つです。)

この売り手集客のために主に二つのソリューションが今回目立ちました。

一つはエージェント個人への集客です。
エージェント情報を完全に定量データ化するのは難しいですが、過去のカスタマーからのレビューやエージェント本人のSNS上での発信を「モノサシ」にしてエージェントを選べるようなサービス(Ratemyagent、Nextdoorのエージェントページ)や、そのためのレビュー収集をサポートするサービスがいくつか登場しています。(Real Grader、REX)

もう一つのソリューションは、売り手ターゲティングです。
売り手集客のためには、「物件を売ろうかな」と思ったタイミングをタイムリーにキャッチして接点を持つのが鉄則です。

そのために各社がチラシやDMなどプッシュ型の広告を送り続けているのですが、プッシュ型広告のターゲティング精度を上げるために売却意向が高そうなエリアや個人をビッグデータをもとにあぶり出すというサービスも目立ってきています。(Revaluate、Offers)

【注目のスタートアップ】

1. Streak: Gmailプラグイン型CRM

ブース参加企業のリストを見てもらうと分かる通り、CRM系の業務支援システムは数え切れないほど出てきています。
機能もすべて似通ってきていて、コモディティ化していると言わざるをえません(これが別章でCompassが業務支援システムでエージェントにロックインするのは難しいと言った理由の一つです。)

そんな中で、ちょっと気になったのがStreakというGmailにプラグインできるCRMです。

僕も約200人のエージェントを抱えているので分かるのですが、慣れ親しんだ業務プロセスを変えるには、経営主導でCRMを導入するだけでは不十分です。現場で相当根気強く利用促進をしないと浸透はしません。

エージェントが口を揃えて「成約率向上・生産性改善のためにCRMが絶対必要だ」と言うので導入したのに、結局フタを開けてみると利用率が2割程度だった、という失態を犯したこともあります。

CRMはスポーツジムと同じです。
自分だけ使っていないと何だか遅れをとっているような後ろめたい気持ちになる。あわてて会員になったらそれだけで満足して、実際はほとんど利用しない。
自分の慣れ親しんだルーティンを変え、新しい習慣を作るハードルは思っている以上に高いのです。

そういった意味では、エージェントが毎日利用しているGmailにプラグインできて、別のシステムにログインして行ったり来たりしながら使う必要がないこのCRMツールは現場への浸透が早そうですし、他の数多のCRMとはひと味ちがう存在です。

不動産エージェント向けに特化しているわけではなさそうなので、機能的に足りているのかという疑問は残ります。
でも、いくら不動産に特化したマニアックな機能を拡充しても、使われるのはこれまたせいぜい2割のコアな機能のみなのが世の常なので、意外と「汎用的な機能×Gmailプラグイン」くらいのソリューションが一番ムダがないかもなと思っています。

https://www.streak.com/

2. Agentology: 問い合わせ一次対応の代行サービス

ZillowやRealtor.comといったポータルサイト経由の物件問い合わせ(Lead)が増えるにしたがって、エージェントの頭を悩ませている問題があります。
それは彼らの言葉を借りるならば「質の低い(=成約率の低い)Leadが増えた」という問題です。

以前は、直接来店や家族・知人からの紹介、リピートがメインの集客チャネルだったので、いずれも本気度の高い人からの問い合わせがほとんどでした。

それに対して現在は、少しでも気になる物件があったら気軽にオンライン経由で問い合わせすることができます。
特にPCからモバイルへのシフトに伴い、物件検討・問い合わせのハードルが更に下がり、一人あたりの平均問い合わせ物件数は年々増加しています。

結果として、
・ユーザーは複数問い合わせをしているので、早く連絡しないと他のエージェントに取られてしまう
・連絡がとれても大半は本気度の低いユーザー
といった問題が発生し、問い合わせ対応ばかりに時間と意識が割かれ、肝心の本気度の高いユーザーとの相談や交渉といった業務がおろそかになるというのが大きな悩みとなっています。

こういった課題に対して、「問い合わせ一次対応業務をまるっと請け負います」というサービスが1年ほど前から急増しており、Agentologyはこの領域のトップランナーです。今年の4月にSeriesAで$12Mの資金調達も行っています。

「(テスラのような)自動運転でLeadをConversionさせる」と謳っています。

価格設定は「月額$195+1問い合わせあたり$5」と個人のエージェントにとって決して安い金額ではありません。
しかし、
・土日含む24時間対応で、
・オンライン経由の問い合わせが入った瞬間から5分以内に、
・アメリカ国内のネイティブスピーカーのコールオペレーターが連絡する
という手厚いオペレーションが、スピード勝負のオンライン経由ユーザー争奪戦で有利に働くのでエージェントからは高く評価されています。

また、問い合わせ対応の結果、ユーザーの本気度は十分なものの、エリアや予算等の条件的に自分では対応できない・したくないという場合、Agentologyユーザーのネットワーク内で顧客を紹介し、成約時にキックバックをもらうというプログラムも提供しています。

オンライン化によるユーザーの利便性向上に伴って発生したエージェント側の業務効率への弊害。これを解消できるこの手のコールセンターサービスは、これからも伸びていくと予想しています。

あとは今後、これらのコールセンター自体の業務効率化のためにAIがどのように活用されていくかも注目ですね。

「連絡の早さ」と「紹介プログラム」と並ぶ価値として「人力」でコミュニケーションしていることが挙げられています。今は確かにその通りなのですが、この部分はいずれAIやチャットに代替されていくかもしれません。

https://www.agentology.com/

3. Offrs: ビッグデータに基づく売り出し物件予測

MLS成約データ、タックスレコード、クレジットカード与信情報、提携ウェブサイト情報など20以上のデータソースからなるビッグデータをアルゴリズムで解析し、物件を売りに出す可能性が高そうな物件を抽出するようです。(「過去1年間に米国内で売却された物件のうち70%以上を予測できていた」らしいです。)

結局はそこにチラシやポストカードを撒くのですが、やたらめったらランダムに撒くよりはターゲットを絞っているのでコストや手間を削減できるという算段です。

以前紹介した「iBuyer」ほどドラスティックな売り手集客の進化ではないですが、これまで職人技の勘に頼っていたオフラインの業務をテクノロジーを駆使して効率化する事例として興味深いサービスです。

ちなみにですが、アメリカではあらゆる情報がむちゃくちゃオープンです。

このサービスを例にとっても、日本のレインズと比較してMLSにはより多くのリアルタイムな情報が網羅されていて、タックスレコードでは驚くべきことに各年度の物件の固定資産税評価額と実際の納税額が公開されています。
また「クレジットスコア」と呼ばれるクレジットカードの与信情報も中国アリペイの「芝麻信用」のように本人や企業にオープンになっています。(というよりクレジットスコアが芝麻信用の元ネタです。)

個人としてはこんなに個人情報が筒抜けでいいのかと心配になることもありますが、データサイエンティスト的には利用できるデータが多くてやりやすい環境なんだろうなと思います。

http://offrs.com/

4. Pearl Certification: インスペクションの点数化&お墨付き

住宅のインスペクションを行うだけでなく、結果を点数化し、高い点数の住宅はCertification(認定・お墨付き)を与え、売却時に有利になるというサービス。

点数は「建物の外郭(屋根、壁、窓、基礎)」「冷暖房設備」「水道光熱設備」「管理システム(スマートデバイス・ダッシュボード等)」の4項目に分けて、最大1,200点で評価されます。

そして点数に応じて、以下のような認定・お墨付きをもらうことができます。

彼らのデータによると、このお墨付きのある物件はエリア平均よりも5%高い価格で売れているそうです。

従来のインスペクションは隠れた欠陥がないかを調査する、どちらかというとネガティブな要素への施策でしたが、このようにポジティブな要素を評価して、物件のバリューアップにつなげるのは面白いと思いました。

https://pearlcertification.com/

6. Jet Closing: 契約業務のオンライン化

物件売買のプロセスは超ざっくり言うと、
集客(広告会社)→接客(仲介会社)→契約(タイトル・エスクロー会社)
の3ステップに分けることができます。

この章でも説明した通り、ポータルサイトの台頭以降、集客は一気にオンライン化が進みました。
また、以前まとめたように仲介会社のオンライン化・テクノロジー導入も進んでいます。
残されていたのが、登記(タイトル)・決済(エスクロー)などが絡んできて、大量の紙の書類が必要となる契約業務です。

JetClosingはこの契約業務のステップに遂に登場したテクノロジー企業です。
今年6月にSerieAで$20Mを調達。クラウドを活用したタイトル/エスクロー事業をSeattle、Las Vegas,、Denver 、Phoenixに展開しており、来年には新たに10都市への展開を計画しています。

通常、物件売買の契約業務は、書類の数が膨大な上に、売り手・買い手・エージェント・タイトル/エスクロー会社・ローン担当者・弁護士といった多数の関係者が携わります。
これを紙ベースで内容確認→修正→署名と進めていくのは、むちゃくちゃ時間がかかりますし、書類が先祖返りして混乱するなど、トラブルの温床にもなっています。

Jet Closingはこの契約書類をすべてクラウド上で管理し、すべての関係者がアプリから内容確認→修正→署名といった一連の業務を行うことができます。

このクラウド上での書類管理に加えて、契約業務の進捗状況管理、関係者とのコミュニケーションといった機能もあり、基本的にすべてのプロセスが一つのプラットフォームで完結するようになっています。

彼らがターゲットとしている「35才以下の初回購入層」には圧倒的に支持されるでしょうし、今後絶対に契約業務はこのベクトルで進化していくと思います。

https://www.jetclosing.com/

7. Propy: ブロックチェーン契約管理・仮想通貨決済

世界中の投資物件を現地に赴くことなくオンライン上で購入できるプラットフォームです。
それを可能にするのは、ブロックチェーン上での契約書類管理と仮想通貨での決済。ついにこの時代が来たかといった感じのサービスです。

今のところ展開エリアは、サンフランシスコ・ロサンゼルス・ドバイ・北京・オークランド(ニュージーランド)の5都市で、以下のようなステップで売買が行われるようです。

①買い手がHP上で気に入った物件に予約リクエストをする
②売り手のエージェントが予約リクエストを受け取り、買い手エージェント・タイトルカンパニーをプラットフォーム上に招待する
③売買同意書に買い手・売り手・それぞれのエージェントが署名。ブロックチェーン上に保存される
④タイトルカンパニーが登記移転証明書をアップロードし、売り手と買い手が署名。ブロックチェーン上に保存される
⑤売り手エージェントがディスクロージャー(築年数・増築履歴・配管・欠陥などの開示すべき情報)をアップロードし、買い手と売り手が署名
⑥タイトルカンパニーが引き渡し書類をアップロードし、買い手と売り手が署名
⑦買い手が購入代金を米ドル・ビットコイン・イーサリウムのいずれかで支払い
⑧契約書の補足条項に買い手と売り手が署名。ブロックチェーン上に保存される
⑨決済明細書がタイトルカンパニーより発行され、ブロックチェーン上に保存される
⑩決済明細書上のIDから、いつでもブロックチェーン上の取引明細にアクセスできる

2016年に創業し、最初の成約が今年の3月と取引ボリュームはまだ伴っていませんが、先進的な取り組みとしてウォッチしておいた方が良さそうです。

https://propy.com/

以上、Inman Connect 出展企業全社の中から、個人的に気になった7社をピックアップさせていただきました。今後も何か面白い動きがあれば随時アップしていきます。

せっかくブログ用にメールアドレスも作ったので、質問やご要望などあればご連絡ください。
proptechblog@gmail.com

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。