GAFAの不動産テック版「ZORC」を徹底解説

市川 紘(Ko Ichikawa)
16 min readMay 14, 2019

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不動産テックを牽引する巨大企業4社「ZORC」

巨大テック企業4社のことを指すGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)という言葉はすっかり浸透してきましたが、ZORCという言葉をご存知でしょうか?

実はこれ、アメリカの不動産テックの巨大企業4社「Zillow」「Opendoor」「Redfin」「Compass」のことを指す言葉で、最近よく使われ始めています。4社ともこのブログで頻繁に紹介しているので多少重複する部分もあるかと思いますが、それぞれのビジネスモデルをおさらいしたうえで、この4社間の相関関係を解説したいと思います。

プラットフォーマーという共通項はあるものの業界は全く異なるGAFAと比べて、ZORCは不動産テックという狭い業界でしのぎを削っています。そのため各社の戦略や思惑がさながら戦国時代のように複雑に絡み合っていて、とても面白いテーマだと思います。

以前作成したカオスマップ上だとピンクの枠で囲んだ4社です

Zillow: 不動産ポータルの覇者として、米国の不動産テックを長年にわたり牽引

【設立】2004年
【年間売上】1,400億円
【時価総額】7,700億円 (2011年NASDAQ上場)
【ビジネスモデル】
・仲介+賃貸の不動産ポータル
・不動産エージェント/仲介会社に広告課金し、反響を提供
・契約管理やローンといった周辺領域に加え、iBuyer(買取再販)事業にも進出
【ポイント】
・1.95億UUという圧倒的なユーザー数を誇る
・物件価格査定ツールZestimateと業界2位のTrulia買収により、その地位を確固たるものに
・中期計画でiBuyerの売上目標を既存のポータル事業の10倍に設定し、買取再販への本格参入を宣言

Opendoor: iBuyer(価格査定アルゴリズム×買取再販業)の先駆者として巨大市場を創出

【設立】2013年
【年間売上】非公開
【時価総額】4,500億円(未上場)
【ビジネスモデル】
・価格査定アルゴリズムを活用した買取再販業(iBuyer)
・オンライン査定から最短2日で物件を売却・現金化できる
・Open Listingsを買収し、仲介事業にも参入
【ポイント】
・iBuyerに取り組んだ最初の企業で、競合他社を遥かに上回る資金調達金額
・業界最多の全米19都市にエリア展開
・買い替えや個人の事情で物件の現金化を急ぐ人がメインターゲット

Redfin: ポータル×ディスカウント仲介会社というユニークなモデルでZillowを猛追

【設立】2004年
【年間売上】530億円
【時価総額】2,200億円(2017年NASDAQ上場)
【ビジネスモデル】
・ポータルと仲介会社の両方を兼ね備えるユニークなモデル
・ポータル経由の反響を自社エージェントが成約することでマネタイズ
・仲介業務の効率化を徹底することで手数料のディスカウントを実現
【ポイント】
・MLS接続による物件情報鮮度・精度がポータルとしての強み
・低賃金の若手エージェントが流れ作業で仲介を担当することで業務効率化
・年々ユーザー数を伸ばしポータルとして全米4位まで成長

Compass: 豊富な資金とテクノロジーを武器に大都市圏のトップエージェントを続々と採用

【設立】2012年
【年間売上】約1,000億円(CEOの年頭所感メッセージより)
【時価総額】4,500億円(未上場)
【ビジネスモデル】
・テック企業のブランディングで多額の資金調達に成功
・顧客を多数抱えるトップエージェントを採用し取引総額を最大化
・エージェントへのマージン課金が低いため黒字化までの道筋は不明
【ポイント】
・当初は契約金、0%マージンといった好条件でエージェントを採用
・近年はテック系幹部・エンジニアの採用、スタートアップの買収などテクノロジーの強化に本腰を入れている
・仲介会社の2018年取引総額ランキングで全米4位に躍進

Zillow対Redfinの二強対決にOpendoorとCompassが加わり群雄割拠に

2000年代から始まった熾烈なポータルサイト戦争を勝ち抜いて天下統一を果たしたZillowに対し、Redfinが仲介会社機能を持つポータルとして勝負を挑み、長年にわたってこの2社間の競争が不動産テック業界における最大の関心事でした。

しかし、2018年になって様相が変わってきます。ZillowもRedfinも手をつけてこなかった売り手側のビジネスを展開するOpendoorや、Redfinとは異なりトラディショナルな仲介会社の進化型であるCompassが巨額な資金調達を行い、もはや無視できない規模にまで成長してきたのです。

新旧のポータルサイト争いというシンプルな構図から、4社が入り乱れる群雄割拠の戦国時代に突入したのです。

この章では、この戦国時代にZORC各社が他社のことをどう捉え、会社間がどういう関係なのかを、これまでのビジネスの展開や経営陣のコメントから紐解いていきます。

後ほど詳細に解説しますが、相関図のサマリーはこちらになります。

【Zillow vs Redfin】
Zillow→Redfin: ポータルとしての成長を警戒

Zillowは熾烈な争いを長年繰り広げてきた業界2位Truliaを2015年に買収し、全米トップのポータルサイトの立ち位置をより盤石にしました。
それに続く業界3位のRealtor.comはZillowと類似したビジネスモデルで決定打に欠けるため、そこまで怖い存在ではありません。
Zillowにとって怖いのは、その後から迫ってきている業界4位のRedfinです。

Redfinは前章で解説したとおり、ポータルサイトに加えて仲介会社機能を持つため、
・MLS接続による物件情報鮮度・精度
・仲介手数料ディスカウントを武器にしたユーザー集客
・物件検索から成約までの一気通貫したユーザー体験
といったZillowにはない強みを持っており、実際にユーザー数も年々伸びています。

対するZillowは、こういった背景から「足元をすくわれる可能性があるとしたらRedfin」と考え、警戒心を強めているのです。

Redfin→Zillow: 倒すべき目標としてベンチマーク

Redfinももちろん倒すべき目標としてZillowを強く意識しています。前述の「MLS接続」「ディスカウント仲介会社」「一気通貫したユーザー体験」といったベーシックな差別化要素に加えて、自社エージェントの物件レビューによるユニークコンテンツ掲載、Zillowと同様のローン事業の展開、そしてNASDAQ上場による資金調達と、着々と追撃の準備を進めています。

【Zillow vs Opendoor】
Zillow→Opendoor: ディスラプトを警戒し、iBuyer事業に本格参入

広告課金モデルのポータルサイトとしてプラットフォーム事業を運営しているZillowにとって、物件在庫を保有し転売するOpendoorのようなiBuyer事業は本来相容れないものです。

しかし、前述のとおりZillowは2018年4月からiBuyer事業の実験を開始し、2019年2月には既存のポータルサイト事業の10倍の事業計画を発表し、iBuyerを今後の成長事業として位置づけました。

そもそもiBuyerの実験を始めたきっかけをCEOのRich Bartonは「Opendoorがソフトバンクから多額の出資を受け、展開エリアで成功を収めているのを見て、これが現実の脅威だと認識した。これがきっかけで自分たちもこのビジネスモデルを真剣に検討するようになった」と述べており、新しいモデルにディスラプトされるくらいなら自ら試してみようという発想だったようです。
その後の
「Zillow Offerを試験的にローンチしたところ問い合わせが殺到した」
「既存のポータル事業で膨大なユーザーを抱えており、追加の投資をすることなくiBuyer事業の立ち上げられるのが、Zillow Offerの勝因になるでしょう」
といったコメントから想像するに、想像以上にユーザーからの反響が大きかったこと、Zillowが持っているユーザー集客力を生かせば、この市場で勝てると踏んだことから、本格参入に至ったようです。

Opendoor→Zillow: 表向きには参入を歓迎しながらも戦々恐々

2018年4月にZillowが実験的にiBuyer事業への参入を発表した際、OpendoorのCo-FounderであるJd Rossは、IBMがパソコン事業に参入した際のAppleの広告「Welcome, IBM. Seriouly.(ようこそIBM、いやマジで)」を引用し、大手プレイヤーの参入によって市場の進化が加速することを歓迎し、余裕を見せていました。

Jd RossがTwitterで引用したAppleの広告

しかし、問題はその後Zillowが大方の予想をはるかに上回る本気度でこのiBuyer事業に取り組み始めたことです。

iBuyer事業として、売り手に魅力的な金額を提示して物件を買い取り、それを不良在庫化することなく売り切るというサイクルを回し続けるためのエンジンは、実は「買い手集客力」です。

他社を寄せ付けない圧倒的な買い手集客力を誇るZillowが、片手間ならまだしも本気でiBuyer事業に取り組むとなると、Opendoorとしては戦々恐々です。
自社ウェブサイトをポータルサイト化してみたり、ディスカウント仲介事業を始めてみたりと、Zillowに対抗しうる戦略を模索しています。

【参考記事】Opendoorが追加で330億円を調達。買い手向けの新規事業にも着手。

【Opendoor vs Redfin】
Opendoor→Redfin: 紆余曲折を経て類似モデルに帰結

前述のとおり、OpendoorはZillowに対抗するための戦略を模索中です。
当初は自社保有物件しか掲載していなかった自社サイトに他社の物件を載せることでポータルサイト化し、それらの他社物件に対して手数料をディスカウントする仲介事業をスタートし、買い手集客の強化を図っています。

しかし、よくよく考えると、この「ポータルサイト×ディスカウント仲介手数料」というのは、Redfinの戦略そのものです。Zillowへの対抗策を模索した結果、Zillowの最大のライバルであるRedfinのモデルに帰結してしまったというのは何とも興味深い結果です。

Opendoorのアプリ画面。他社物件掲載でポータルサイト化したうえで手数料キャッシュバックを行っており、完全にRedfinと同モデル

Redfin→Opendoor: 様子見程度に小規模で同業モデルを展開

RedfinもOpendoorを参考に「Redfin Now」というiBuyer事業をスタートしています。一気にiBuyerを成長事業に格上げしたZillowとは対照的に、Redfinはあくまで様子見程度の小規模展開にとどまっています。

iBuyer事業は会社が物件を仕入れて直接販売するため、仲介エージェントを否定する可能性のあるモデルでもあります。
Redfinにとってはポータルサイトと並んで生産性の高い自社エージェント組織が企業の根幹となっているため、iBuyer事業になかなか本気でアクセルを踏みづらいというジレンマが背景にあります。

今のところはどちらかというとiBuyer事業は集客上の呼び水で、「Redfin Nowによる即時買取」と「エージェントによる通常のディスカウント仲介」の2パターンを提示し、結果的に通常の仲介を選んでもらうという戦略をとっています。
実際にこれまでの実績上、2パターンを提案した結果、ほとんどのユーザーが通常の仲介を選んでいるそうです。

【Compass vs Zillow】
Compass→Zillow: シアトルに拠点を開き、エンジニアを引き抜き

Compassの成長戦略は「テクノロジー×仲介会社」のブランディングでベンチャーマネーを調達し、それによって大都市圏のトップエージェントを高待遇のオファーで採用するというものでした。

実際には何のテクノロジーも持っていないので、後追いでシステム開発を急いでいます。エージェント向けの業務支援システムについては、ここ数年開発を強化してきたことに加え、2019年2月に不動産向けCRM「Contactually」も買収し、一定のメドが立ちました。

一方で、ユーザー向けのテクノロジーの基盤となるポータルサイトの開発は、非常に厄介な代物です。
大量の物件データを安定的に取得・更新するウェブサイトの開発はエージェント業務支援システムとは比べものにならないほど複雑だからです。

ZillowやRedfinを筆頭に強力な先行プレイヤーが多数存在するなか、後発でユーザー認知やGoogleのSEO評価を高めることも至難の業です。

とはいえ、Compassが標榜するEnd to End(一気通貫)のテクノロジーを実現するためにポータルサイトの構築は避けて通れないため、彼らは最近シアトルに拠点を開設し、開発を強化しています。
シアトルにはZillowとRedfinの本社があるためポータルサイト開発の経験が豊富なエンジニアが数多くおり、彼らを引き抜いて最短距離で強力なポータルサイトを開発しようという狙いがあるのです。

Zillow→Compass: 従業員引き抜きに関して訴訟を提起

ZillowはこれまでCompassを意識したような動きは特にありませんでした。CompassはZillowの脅威となるようなポータルサイトを持っておらず、ZillowにとってCompassのような仲介会社に所属するエージェントはクライアントでもあるからです。

しかし、前述のようにCompassがポータルサイトの開発に力を入れ始め、あろうことがZillowのエンジニアを狙い撃ちで引き抜き始めたことで状況が変わってきています。
ZillowはCompassを相手取って従業員の引き抜きに関する訴訟を起こしたのです。

ビジネス上の接点は現在もそれほど多くないように見えますが、採用面でこじれた関係性がこの後どのように展開していくかに注目が集まります。

【Compass vs Redfin】
Compass→Redfin: シアトルに拠点を開き、エンジニアを引き抜き

これは「Compass→Zillow」と全く同じで、ポータルサイトの開発強化を目指すCompassは、Redfinのエンジニアを引き抜いています。

アメリカの場合、転職のために州を越えて引っ越すということは稀ですし、中でもシアトルは住み心地も良く、所得税もないため、シアトル在住のエンジニアをCompassのNY本社に引き抜くのは困難です。

いっそのことシアトルに開発拠点を開くことで、ZillowとRedfinという大手ポータル2社から一石二鳥で引き抜いた方が早いという判断のようです。

Redfin→Compass: マネーゲームを批判

Redfinは同じ仲介会社としてCompassとは競合関係になります。
ただ、Compassがトップエージェントを採用することで彼らが抱えている顧客を芋づる式に獲得する戦略をとっているのに対し、Redfinは低賃金で社員化した若手エージェントを軸に仲介手数料をディスカウントするという毛色のちがう戦略をとっています。

ユーザーのターゲット層に言い換えると、リピートや紹介でエージェントを選び、より質の高いサービスを求めるのがCompassユーザー、エージェントの質はそこそこでいいのでなるべく安い仲介手数料を求めるのがRedfinユーザーです。

ターゲットユーザーが異なるため、これまで直接的にバチバチと競合することはなく、RedfinがCompassを意識した発言はCEOによる「不動産テックのスタートアップに巨額の資金が流れ込みすぎている」という批判くらいです。
(ただし、RedfinもZillowと同様にエンジニアをCompassに引き抜かれているため、同じように訴訟を開始するのは時間の問題かもしれません。)

【Opendoor vs Compass】ソフトバンクが共通の株主だが一定の距離を保つ

OpendoorとCompassはともにSoftbank Vision Fundを大株主に持ち、「いつか統合されるんじゃないか」と噂になったり、同ファンドの資金供給元のサウジアラビア皇太子関連の事件の際には2社揃ってやり玉に挙げられたりと、一緒に括られることが多々あります。

ただビジネスモデル上はもっとも遠いため、敵対関係でも友好関係でもなく一定の距離感を保っています。両社を意識した発言もこれまで見られません。

以上、各社の動向や関係性をざっくりまとめましたが、以下の参考記事で詳細な解説もしています。

【参考記事】
・Zillow
Zillowの本気で加速するiBuyer戦争。対峙するOpendoorの秘策とは?
ZillowがポータルからiBuyerへの進化を宣言。2兆円ビジネス立ち上げに向け創業者がCEOに復帰。

・Opendoor
今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(前編)
今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(後編)
なぜOpendoorは仲介会社を買収したのか
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Zillowの本気で加速するiBuyer戦争。対峙するOpendoorの秘策とは?
Opendoorが追加で330億円を調達。買い手向けの新規事業にも着手。

・Redfin
米国不動産ポータル戦争の勢力図①(現状整理編)
米国不動産ポータル戦争の勢力図②(今後の展望編)

・Compass
Redfinに続く新世代の仲介会社CompassとeXpの正体
ユニコーン企業Compassは、結局どうマネタイズするのか?
Opendoor450億円/Compass450億円 ソフトバンクの大型出資を徹底解説
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大手仲介NRTのCEOによるCompass対策メール 全文翻訳
CompassがContactuallyを買収。裏側にある「エグい戦略」とは?

・共通
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市川 紘(Ko Ichikawa)
市川 紘(Ko Ichikawa)

Written by 市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。