IPO目前!バーチャル仲介会社Fathomを徹底解説

市川 紘(Ko Ichikawa)
12 min readFeb 7, 2020

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アメリカの不動産テックが物件ポータルの争いからiBuyerや次世代の仲介会社へシフトしていっているという話は、このブログでも紹介してきました。

次世代仲介会社に関してはCompassが急先鋒だったわけですが、WeWorkのゴタゴタ以降、「Compassもテック企業っぽく見せているけどただの仲介会社だから危ない」と噂されたり、実際に社員40名のリストラが発表されたり、有名エージェントのSteve Frankel氏が入社3週間で退職したりと、あまり明るいニュースが入ってきません。

それでは、この次世代仲介会社のムーブメントが完全に下火かというと、そういうわけではありません。

2020年2月5日には定額型ディスカウント仲介会社のHomieがシリーズBで$23M、2月8日には同じく定額型ディスカウント仲介会社のHouwzerがシリーズAで$9.5Mと立て続けに景気のいい資金調達のニュースが入ってきています。

そして一番話題になっているのが、バーチャル仲介会社のFathomがNASDAQへの上場申請を完了したことです。

今回はこのニュースを題材に、
・従来型の仲介会社が抱える課題点
・その解決策として台頭しているFathom(=バーチャル仲介会社)
について解説したいと思います。

※ディスカウント仲介会社について詳しくはこちらをご参照ください。
REX$45Mなど4社が続々と資金調達。スタートアップ仲介会社が狙う脱MLSとは?

課題①: インターネットの浸透に伴う従来の提供価値の低下

インターネット登場以前の仲介会社の存在感は絶大なものでした。
物件を買うためには、ユーザーはまず仲介会社の店舗に来店して物件を紹介してもらわなければなりませんでした。
エージェントが顧客に信用してもらうには、REMAXの気球のマークやCENTURY21のロゴの入った名刺を差し出すのが何よりも効果的でした。
右も左も分からない新人エージェントは仲介会社に入って導入研修を受け、それから先輩に丁稚奉公しながら一人前になりました。

しかし、今はどうでしょうか。
ユーザーが物件を買うときは、まずZillowやRealtor.comといったポータルサイトに行き、そこからたまたま紹介されたエージェントと商談をします。裏を返すとエージェント個人でポータルに出稿し、集客をできるようになりました。
老舗仲介会社のブランドだけで顧客に信用してもらえる時代は終わり、それよりもエージェント個人のYelpレビューやSNSアカウントの方が重要視されるようになってきました。
エージェントとしての業務知識はいくらでもインターネットで調べられるし、オンラインで講座も受けることができます。

つまり、仲介会社が提供してきた「集客」「ブランド」「教育」といった価値はインターネットの浸透とともに目に見えて低下していったのです。

課題②: 仲介会社マージンの複雑化・割高感

基本的に仲介会社は、エージェントが得た仲介手数料からマージンを徴収することで収益を上げています。

しかし、前述の通りこのマージンを正当化できるだけの提供価値が薄れてきているため、徐々にマージンの比率は下落傾向にあります。インターネット登場以前は仲介手数料収入の50%前後を徴収していたのですが、今はなんと20%前後まで下落しています。

ここでの問題点は主に二つです。

一つめは、成約手数料へのマージンが徐々に下落していく過程において、仲介会社がありとあらゆる手を尽くして収入を維持しようとしたため、エージェントへの課金体系が複雑怪奇になってしまった点です。

マージン比率が物件価格や年間成約数に応じて変動したり、マージンとは別にフランチャイズ費用・デスク費用・テクノロジー費用・コンプライアンス費用・文書管理費用とありとあらゆる名目で月額費を徴収したりと、もはやエージェント本人も何にいくらかかっているのかが理解できない状況に陥ってしまっています。

二つめの問題点は、仲介会社から享受しているメリットと比較すると、これらの20% 前後の成約手数料マージンと雑多な月額費に対して、エージェントはまだまだ割高感を感じているという点です。

大手仲介会社KWのエージェント採用活動向け資料。一枚目の上段が本部に支払うコストでロイヤルティ費が年間固定3000ドル+ 仲介手数料5万ドルに達するまでは6%徴収。下段がフランチャイズ店舗に支払うコストで、基本は30%徴収だけど前年の仲介手数料合計が一定水準を超えると20%や10%に割引。年間のマージン徴収額が1.8万ドルを超えるとそれ以降は免除となるが、1成約あたり$125ドルの事務手数料は徴収。複雑すぎて意味不明ですよね。二枚目は月額固定の一例。合計55ドルということのは安すぎるので、意図的にここに書いていない費用もあると思われます。https://www.slideshare.net/PennyMacKenzie/keller-williams-burlington

Fathomの特徴①: シンプル・安価な課金体系

ここから、今回上場申請をしたFathomの紹介に入ります。Fathomの最大の特徴はシンプル・安価な料金体系です。

居住用物件の売買に限って言うと、エージェントが仲介会社に支払うコストは、
・年間$500
・1成約あたり$450

以上です。とてもシンプルです。

更にこの$450ドルは、平均的な物件価格$300,000からマージン換算すると5%前後なので、現在の業界平均20%前後からすると、かなりの割安感があります。
さらに年間12成約を超えれば、この$450は$99に割引されます。(KWの例にも出てきたCAPモデルというコンセプトなのですが、アメリカのエージェントはこれが大好きです)

結果として、Fathomに移籍したエージェントは仲介会社に支払うコストを平均70%削減できているそうです。

シンプル・安価かつHidden Fee(隠れた費用)がないのが特長( https://www.fathomcareers.com/commission-plan/)

Fathomの特徴②: リモートワークモデルで固定費削減

競合である大手の老舗仲介会社がFathomのような安価な料金体系で対抗できるかというと、現実的には不可能に近いです。

というのも、基本的な事業構造がマージンを50%徴収できていた時代から変わっていないからです。中でも重たくのしかかっているのが店舗費用。たいていの店舗はそのエリアの中心地にあるため家賃が高いですし、日々の管理コストも馬鹿になりません。

他方で、以前のようにユーザーが店舗に飛び込みで来店することはほぼ皆無になりましたし、エージェントもノートPCとスマホさえあればわざわざ店舗に通勤しなくても、家や物件現地、その合間のカフェで問題なく働くことができます。

Fathomは、このように店舗の投資対効果が見合わなくなっていることに目をつけ、思い切って店舗を持たない「Virtual Brokerage(バーチャル仲介会社)」というモデルをスタートしました。

エージェントがリモートでも勤務できるようにCRMや契約管理システムを開発すると同時に、オフィスに依存しないサポート体制を構築。エリアマネージャーがエリア内を巡回してエージェントの相談に乗りながら、細かな相談事に対してはコールセンター(電話・チャット・メール)が対応。
先輩や同僚と同じオフィスで働いて学ぶ機会がなくなる分、オンラインやイベント形式での研修も整備しています。

※日本語でバーチャル仲介会社というと、ユーザーがオンライン上でエージェントに相談できたり、何ならAIが対応してくれるような印象を与えるかもしれませんが、「エージェントが必要としている仲介会社の機能を店舗を介さずバーチャルで提供する」という意味合いの「バーチャル」です。

バーチャル仲介会社を成立させるためのテクノロジーや研修システム(https://www.fathomcareers.com/technology/)(https://www.fathomcareers.com/training/)

手堅く成長を続けるバーチャル仲介会社

2017年時点では1000人に満たなかったFathomのエージェント数は2019年9月時点では3629人まで急成長。2018年の年間成約数は13000件を上回りました。

また上場申請資料には2019年Q3までの最新実績も含まれており、それによると9ヶ月で売上$78M・純損失2.6Mとなっています。

若干の赤字ではあるものの、他の不動産テック企業が数千万ドル単位の赤字を叩き出しながら規模拡大にひた走っていることを考えると、比較的手堅く成長してると言えますし、固定費を抱えないビジネスモデル的にも黒字化への道筋は見えているのではと思います。

Fathomと同じバーチャル仲介会社として挙げられるのがeXp Realtyです。
Fathomの1成約あたり$450に対してeXpは一律20%のマージンを徴収していますが、「シンプル・安価な課金体系」「リモートワークモデルで固定費削減」という点はFathomと全く同じです。

2018年、一足先にIPOを果たしたeXpはその後も順調に成長し、エージェント数は2万人を突破。Adjusted EBITDAでは黒字化も果たしています。

【2017年→2018年通期】※通期は2018年が最新数値
売上: $156M→$500M(対前年比+220%)
EBITDA: -$3.9M→+$2.4M

【2018年Q3→2019年Q3】
売上: $157M→$282M(対前年比+79%)
EBITDA: +$1.0M→+$3.6M(対前年比+260%)

このようにバーチャル仲介会社は、その他の不動産テック企業と異なり手堅く黒字化を目指しやすいビジネスモデルです。WeWorkの一件以降、黒字化のプレッシャーが厳しくなっている現在の時流に合っているとも言えます。

※eXpの詳細は以前まとめたこちらの記事をご覧ください。
Redfinに続く新世代の仲介会社CompassとeXpの正体
【アメリカ不動産テック】カオスマップ解説 スタートアップ仲介会社編

マスのエージェントに無店舗モデルが受け入れられるかが課題

それではバーチャル仲介会社の課題は何でしょうか?
それは成長ドライバーであるエージェント数の獲得ポテンシャル、言い換えると今の戦略でエージェント数の成長をどこまで継続できるかです。

手取り収入の増えるバーチャル仲介会社のモデルはエージェントにとって一見合理的に見えますが、必ずしも全員にとって受け入れやすいものではありません。
仮に店舗にほとんど出勤していなかったとしても、これまで当たり前にあった店舗が無くなる言われると抵抗感を感じるからです。

今は変化に柔軟に対応でき、合理的に物事を考えるタイプのエージェント、いわばアーリーアダプターがバーチャル仲介会社に移籍している段階と言えます。

短期間で2万人を突破したeXp、その後を追うように4000人に迫るFathom の成長は目を見張るものがありますが、既存大手のRealogyの19万人、KWの16万人と比較すると、桁が一つ違うのが実情です。

このままマスのエージェントにも受け入れられて大手の一角に肩を並べることができるのか、それともあくまで一部の尖ったエージェントをターゲットにした中堅に留まるのかは見解の分かれるところです。

個人的には、コスト面では明らかに合理的ですし、エージェントも世代交代によって慣習にとらわれない人、ITリテラシーの高い人が増えてくるので、既存大手からバーチャル仲介会社のリプレイスは着実に進むとは思っています。

その一方で、
・クリティカルマスを超えたり、SEOランクが1つ上がるだけで指数関数的に増える一般消費者と異なり、エージェント獲得は転職を一人一人説得することに等しいので時間がかかる
・ユーザーに課金する仲介手数料も、そこからエージェントに課金するマージンもデフレ化が進んでおり、そもそも仲介会社全体の価値が揺らぎ始めている
ということを加味すると、バーチャル仲介会社が天下を取るよりも、そもそも「仲介会社」という土俵・枠組み自体が変わる時代の方が先に来るような気がします。

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市川 紘(Ko Ichikawa)
市川 紘(Ko Ichikawa)

Written by 市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。