IPO間近!CompassのS-1(上場目論見書)を徹底分析

2020年のアメリカ不動産テック業界はOpendoorの華々しい上場によって幕を閉じました。そして2021年に入り、Opendoorと双璧を成す存在として業界の盛り上がりを牽引してきたCompassもIPO申請を行いました。

【参考記事】
Opendoor上場!衝撃の時価総額1.6兆円デビューを徹底解説
Opendoorがついに上場へ。バリュエーションと上場スキームを徹底解説

Compassは資金調達ラウンドで$6.4B(約6400億円)の評価額をつけ、ソフトバンクビジョンファンドを筆頭に累計$1.5B(約1500億円)を調達してきた新世代の不動産仲介会社です。

一方で、このブログでも再三解説してきたようにトップエージェント採用のための先行投資がかさむビジネスモデルで収益性が疑問視されており、第二のWeWorkになるのではという懸念もありました。

本日、S-1(上場目論見書)が公開され、これまでベールに包まれていたCompassの財務状況が明らかになったので、これを分析してみたいと思います。

Compassの財務状況+競合比較

売上規模3720億円と大きいが、依然として273億円の赤字

こちらが公開されたばかりのCompassのPLです。

注目ポイントは、2020年通期売上が$3,720M(約3720億円)ある一方で、大方の予想通り$273M(約273億円)という多額の営業損失を抱えている点です。

業界最大手Realogyに迫る勢いの売上成長

ここからは対比のためにすでに上場している仲介会社2社、業界最大手の老舗グループのRealogyとオフィスを持たないバーチャル仲介会社として急成長中のeXpと比較してみます。

過去3年の売上推移の2020年通期の詳細をまとめました。

特筆すべき点は、Compassの売上が年々増加し、業界最大手仲介会社に迫りつつある点です。純利益は赤字ですが、Realogyと比較して特段目立つような金額ではないですし、この成長率であればこれくらいの赤字は許容されるのでは、と楽観的に捉えることもできなくありません。
(また全然別の比較ですが、WeWorkの上場が頓挫した際は、年間換算で3000億円の売上に対して1800億円の赤字という驚愕の数字だったので、さすがにそこまでひどくはないのは確かです)

エージェント数・成約数を増やしても黒字化できないリスク

一方で、大きな課題となってくるのは、果たしてこのまま規模を拡大したときに黒字化できるようなユニットエコノミクスが成立しているのか、という点です。

先ほどのにある「仲介会社マージン」というのは仲介手数料収入のうち仲介会社に入る比率で、残りはエージェントの報酬となります。
Compassはもともと仲介会社マージンを0%にすることで優秀なエージェントを採用する戦略をとっていました。立ち上げ時の0%からは是正されているようですが、それでも17.8%とRealogyよりも低い水準に留まっています。

eXpは8.6%でもっと低いじゃないかと思われるかもしれませんが、同社は直営オフィスを持たないリモート仲介会社というモデルで固定費を抑え、その分をエージェントの高い報酬に還元する戦略をとっています。それがうまく機能しているため、低い仲介会社マージンでも黒字を達成できているわけです。
【参考記事】Redfinに続く新世代の仲介会社CompassとeXpの正体

eXpはオフィスを持たない代わりにバーチャル空間上でエージェント向けのサポートや研修を提供(https://expertmarylandagents.com/exp-realty-technology-tools-get-an-upgrade/)

そういった観点から見ると、直営オフィスという固定費を抱えながら、仲介者マージンが低めというCompassは中途半端なポジショニングと言えますし、この先エージェント数・成約数を増やしたとしても赤字が増えるだけなのでは、という懸念を持たれるかもしれません。

Compassのオフィス例。大都市の一等地に豪華なオフィスを構えており、固定費のかかるコスト構造になっている(https://communityimpact.com/austin/lake-travis-westlake/impacts/2020/02/26/real-estate-technology-company-compass-relocates-office-to-rollingwood/)

Compassの黒字化までの道筋

運転資金は3〜4年。その間に黒字化のメドを立てる必要あり

ここからは実際の黒字化までの道筋についての分析です。
前提として、BS上のキャッシュは$440M(約440億円)。今回のIPOでは約500億円の資金調達を予定しているため、合わせて1000億円弱の現金となります。

S-1内のBS。2020年末時点のCash and cash equivalentsは$440.1M

2020年のバーンレートをもとにすると3〜4年の運転資金は手元にある状態にはなりますが、この間に黒字化のメドを立てないと苦境に立たれることになります。
圧倒的なユーザー数を獲得できるプラットフォームビジネスであれば、例えばZillowのように赤字のまま増資を繰り返すこともできますが、仲介会社ではハードルが高いからです。

仲介手数料市場以外のビジネスで黒字化への活路を模索

ここまでの話をザックリまとめると、こういう話になります。
・仲介手数料売上でのユニットエコノミクスが成立していない(このままエージェント数や成約数を増やしていってもおそらく黒字化できない)
・とはいえ向こう3〜4年で黒字化できないと苦境に立たされる

こういった状況を考えると、これまで拡大してきた不動産仲介業のマーケットシェアを基盤に、他の収益源を確保しにいくのが自然な流れです。

実際にCompassの上場目論見書の中にはこのようなチャートがあり、まさに今後の多角化戦略が端的に表現されています。

黒が短期的なターゲット市場、濃い青が長期的な国内ターゲット市場、薄い青が長期的な海外ターゲット市場です。

現在メインで売上をあげているのは一番左のU.S. Residential Broker Commissions(住宅仲介手数料市場)だけなので、それに追加して様々な市場への事業展開を視野に入れているということになります。

中でも気になるところはこのあたりです。

Title Insurance & Escrow(登記保険・決済): 3.5兆円市場
仲介領域は競争が激しく利益を出しづらいため、登記や決済でマネタイズを図るのはアメリカ不動産市場における定石の戦略です。
Compassはこの分野でビジネスを展開するModusやKVS Titleをすでにそれぞれ52.2億円と78.6億円を投じて買収しており、本格的に本業の不動産仲介との連携を進めていくと予想されます。

Modusは登記・決済に向けた契約管理ツールを開発 (https://www.modustitle.com/buyersandsellers)

Real Estate Marketing(不動産マーケティング):3兆円市場
これは不動産の集客マーケットを狙うということで、Zillowのようなポータルビジネスをやるということとほぼイコールです。
Compassは以前から自社ポータルの開発を強化しており、本社がニューヨークにもかかわらず、わざわざZillowやRedfinの本社のあるシアトルに開発拠点を置き、そこからポータルサイト開発の経験のあるエンジニアを引き抜きまくっています。(そのせいでZillowから訴えられました)
ユーザー数も少しずつ伸びており、将来的には外部の仲介会社やエージェント向けにポータルビジネスを展開していく可能性があります。

Compassの自社ポータル。以前解説したように仲介会社の立ち位置を生かしてComing Soon物件を競合ポータルに先行して掲載しています。(https://www.compass.com/) 【参考記事】米国不動産テックを震撼させたMLS新ルールとその影響を徹底解説

U.S. Residential Mortgage Commissions(住宅ローン手数料):5兆円市場
住宅ローンも登記や決済と同じ周辺領域マーケットですが、より巨大で魅力的な市場です。すでにZillow、Redfin、Opendoorは自社で住宅ローンを提供し始めており、一足遅れたCompassも長期的にはここを狙いにいく意思があるようです。
おそらく他社と同様に「Compass Mortgage」のような形でCompassで不動産を購入した顧客向けに、多少のディスカウントやキャッシュバックを織り交ぜながら提案していくのだと思われます。

【参考記事】米国フィンテック業界に激震!ZORCがオンライン住宅ローン参入

Zillow Home Loansのトップページ (https://www.zillowhomeloans.com/)

Global Residential Broker Commissions(海外の住宅仲介手数料市場): 33兆円市場
海外展開というと「Compassが日本進出か!?」という話になりそうですが、まずはカナダ進出を考えているはずです。地理的に隣接していて、言語も共通、MLSや不動産取引の仕組みも似通っているからです。その後はオーストラリアやイギリスに行くのがよくあるパターンです。日本進出は少なくともそれ以降なので当面はないと思います。(WeWorkのときのようにソフトバンクが日本進出を積極的に主導するとなると話は別ですが)

eXpもカナダへの進出を足がかりに13ヶ国へ展開 (https://exprealty.ca/)

WeWorkの二の舞にはならない可能性が高い

最後にまとめです。

・売上は急成長しており、Realogyとの差が詰まってきている(Compass:3721億円 vs Realogy: 6200億円)
・利益は大方の予想通り赤字(270億円)だが同業のRealogyや、IPO断念時のWeWorkと比較しても致命的なレベルではない
・懸念点は「オフィスあり×低い仲介会社マージン」という中途半端なポジショニングでユニットエコノミクスが成立していないこと
・運転資金は3〜4年。それまでに不動産仲介でのマーケットシェアを起点に新たな収益源を確保しなければならない
・短期的には登記・決済とポータル、中長期的には住宅ローンと海外展開を視野に入れている

さて、肝心のIPO成否ですが、個人的にはこのブログでも再三指摘してきた収益面の課題は予想通りあるものの、売上が想像以上に急成長していて赤字額も思ったほどショッキングな数字でもないというのが正直な感想です。
個人的にはずっとCompassのモデルには懐疑的でしたが、昨今の不動産ブームに乗っかって前回ラウンドの評価額6400億円も上回ってしまうような気がしてきます。

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【これまでのCompassの解説記事】
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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。