REX$45Mなど4社が続々と資金調達。スタートアップ仲介会社が狙う「脱MLS」とは

市川 紘(Ko Ichikawa)
13 min readJan 28, 2019

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年明けからスタートアップ仲介会社の大型資金調達が続出

米国不動産テック企業カオスマップを作ってみた」では、次世代の仲介会社をいくつかのセグメントに分類しましたが、今日は黄色に網掛けした「ディスカウント系」「固定フィー系」について、もう一歩踏み込んだ解説をします。

※分類上ディスカウント系と固定フィー系に分けましたが、いずれも従来よりも安い手数料を売りにしています。広い意味では同じセグメントなので、便宜上、ここではディスカウント仲介会社と括って扱いたいと思います。

というのも、2019年の年明けからディスカウント系と固定フィー系での資金調達が相次いでいて、完全に今年の大きなトレンドになっているからです。

ただ手数料が安いというだけで、ここまでの投資期待が集まるはずがありません。その先には各社「脱MLS」という大きな野望があり、その世界観に対して投資家は期待しているのです。
※MLSとは仲介業者向けの物件情報データベースのことで、日本でいうところのREINSです。

このトピックはアメリカの不動産テック業界を理解する上でとても重要ではあるものの、けっこうややこしい話題なので、以下のように順を追って説明したいと思います。

・日米の仲介取引のちがい
・ディスカウント仲介のビジネスモデル
・ディスカウント仲介各社の野望「脱MLS」

日米の仲介取引のちがい: 両手取引禁止&売主が手数料負担

ディスカウント仲介会社のビジネスモデルと将来の野望を理解するためには、アメリカの不動産仲介取引の特徴を押さえておく必要があります。日本と比較すると大きく異なるポイントは二つです。

一つ目は両手取引が禁止されている点です。売主と買主は利益相反の関係にあるので、それぞれが別のエージェントを立てたうえでガシガシ交渉すべし、という思想が背景にあります。

二つ目は売主が買主側のエージェントの仲介手数料を支払うという点です。何だか売主が損しているように見えますが、どうせ物件を売却して買主からお金が入るんだから買主側の仲介手数料負担も考慮して値付けしたらいいじゃん、という発想です。

図にまとめると、こうなります。

ビジネスモデル: 業務効率を改善することで仲介手数料の割引を実現

仲介手数料を一般的な3%よりもディスカウントする戦略で最初に成功したのはRedFinです。
米国不動産テック 注目7社のビジネスモデル図解でも取り上げましたが、以下のようなビジネスモデルになっています。

米国不動産テック 注目7社のビジネスモデル図解より再掲

ポイントはBの部分で、ここで業務効率を改善してコストを抑えているので、それをユーザーに還元できるというカラクリです。
具体的な還元方法はRedFinが売主側エージェントをやるのか、買主側エージェントをやるのかによって異なります。

売主側: 売主側の仲介手数料1.5%
買主側: 平均$1,700のキャッシュバック(前述のとおり、そもそも買主は仲介手数料負担なし)

図にするとこういう感じです。赤文字のところがRedFin特有の部分です。

実のところ、カオスマップや資金調達実績で名前を挙げたディスカウント系・固定フィー系の仲介会社はRedFinのモデルを下敷きにしており、業務効率改善の手段に多少のちがいはあれど同じようなビジネスモデルになっています。

ディスカウント仲介各社の野望「脱MLS」

前置きが長くなりましたが、最後にこれらのディスカウント仲介会社の長期戦略について説明します。

前章で見てきたようにディスカウント仲介会社にまつわるお金の流れで主だったものは以下になります。

①売主が支払う売主側エージェントの仲介手数料
②売主が支払う買主側エージェントの仲介手数料
③買主が受け取るキャッシュバック

この三つの料金設定が各社どのようになっているのかを表にしました。
カオスマップに挙げた企業と1月に資金調達した企業からピックアップしています。

「②買主側エージェント」に注目してみてください。何か気づくことはありませんか?REXだけが「なし」となっています。
これは売主が買主側エージェントの仲介手数料3%を負担しなくていいということで、売主にとってコストを大きく抑えられるということを意味します。

あれ?でも、おかしいですよね。
・両手取引が禁止されている
売主が買主側のエージェントの仲介手数料を支払う
というルールに照らすと、どうやっても売主は買主側のエージェントに正規の仲介手数料を払わざるをえないはずです。

これを可能にする裏技が「脱MLS」、つまりMLSに物件を載せずにプライベートな取引に持ち込むことなのです。

MLSに掲載すると物件をパブリックに流通させることになり、不動産仲介の厳格なルールを守らなければならなくなるのですが、MLSを使わずにプライベートで取引する限りはそれらのルールは適用されないのです。

そうすることで、買主側のエージェントは必須ではなくなり、いわば両手的な取引が可能になるので、本来は6%(売主側3%+買主側3%)の仲介手数料をREXは2%に圧縮できるのです。

仲介手数料を4%も削減できるのは売主にとって大きなメリットですが、一方でデメリットもあります。
MLSに物件が掲載されないことにより、他の仲介会社がその物件に客付けできなかったり、MLSを情報源にしている各種ポータルサイトに物件が載らなかったりと販路が限定されてしまい、売りづらくなってしまうことです。

ですので、REXのような仲介会社が売主を説得する際には以下の二点が基本的な営業トークになります。

①うちに任せてくれたら6%の仲介手数料が◯%になりますよ。
(この◯%はREXのように一気に2%まで削減して数を増やす薄利多売モデルも考えられますし、4.5%くらいにしておいて自社も両手になることで+1.5%稼げるし売主も1.5%節約できるという折衷案も考えられます)

②MLSには掲載できないのですが、自社単独で買い手を十分集客できるので心配いりませんよ。

①はわかりやすいメリットなので、②をいかに説得できるか、そのためにいかに買い手の集客力を担保するかが、このモデルの肝となります。

「脱MLS」の肝は自社ポータルの集客力

買い手の集客力担保のために手っ取り早く始められるのは、すでに各社が始めている買主でのキャッシュバックです。
ベースの業務効率改善+買主側エージェントの中抜きで節約したコストを買主側に還元するのです。

ただし、家という単価の高い買い物なので、さすがにキャッシュバックがあるという理由だけで集客ができるほど甘くはありません。

その先に各社が目指しているのは自社ポータルの強化です。
MLSに掲載しない自社物件が増えれば増えるほど、他社サイトにはない独自の物件を掲載することができます。
それらの独自物件を目当てに自社ポータルへ訪問するユーザーが増えますし、ユニークコンテンツはSEO上も有利に働きます。

そうして買い手側の集客が強化され成約数が増えれば、次の売主獲得をしやすくなり好循環が生まれる、という算段です。

システム図的にまとめると、とこんなイメージです。

最初は「業務効率改善→ディスカウント」という手を付けやすいところから入りつつも、それを呼び水にしながら最終的には自社ポータルの強化を目指すという全体像です。

ひとたびこの脱MLSの成功循環モデルが作れると、もはやそれは自社ポータル自体が既存のMLSをディスラプトして新たな民間の物件データベースとして機能することと等しいです。

これこそがディスカウントのスタートアップ仲介会社たちが描いている野望で、この大きな世界観に投資家も魅力を感じているのです。

そして、実際にディスカウントの次のステージである「MLSを使わず、買主側エージェントを中抜きする」を実行できている唯一のプレイヤーがREXなので、$45Mという他社よりも大規模な資金調達ができているとも言えます。

「独自物件確保の難しさ」と「自社ポータルの弱さ」が課題

次に、この脱MLS戦略は実際にうまくいくのかに考察したいと思います。

この戦略は歯車が噛み合い出すとどんどん伸びていく可能性があるものの、どうやって最初の歯車を回すかが課題となります。

というのも、ブランド力のあるZillowでもRealtor.comでもなく、わざわざ後発の自社ポータルにユーザーを呼び込むには結構なボリュームの独自物件が必要だからです。

例えば5,000万円の物件の売却を例にとってみましょう。

REXに依頼することで仲介手数料が300万円(6%)から120万円(2%)に下がり、180万円も節約できるのは一見すると魅力的です。

しかし、売主にとってもっと重要なのはこの物件を本当に5,000万円、あわよくばそれ以上で売ってくれるのか、という点です。

MLSを使っておらず物件の露出が限定され、自社ポータルもまだそんなに強くないREXに依頼したせいで、結局4,500万円でしか売れなかったら元も子もないのです。

そういった懸念を抱く売り手に対してREXでも高値で売れることを説得し、十分なボリュームの独自物件を獲得する難易度は相当高いと個人的には思っています。
売り手市場で物件を出せば売れていた2017~2018年なら売主はまだ楽観的だったかもしれませんが、景況感に陰りが見られる2019年以降だと尚更です。

実際に、現時点でサンフランシスコ市内でREXが担当し、独自に自社ポータルに掲載している物件はたった3物件しかありません。
これでは買い手側もわざわざこのサイトに来て物件を探そうとは思わないですよね。

サンフランシスコ市内のREX物件(2019/1/26)

また独自物件の数に加えて問題となるのは、ユーザー向けのウェブサイトの流入はその性質上、一朝一夕で増やせるものではないということです。
長年の運営実績が、ユーザーからのブランド認知であったり、GoogleのSEOアルゴリズム上のオーソリティにつながるからです。

現に今回挙げたディスカウント仲介会社のトラフィックを調べたところ、大手ポータルサイトの1%未満しかありません。

この状態から彼らが独自物件を取り揃え、ユーザー数で大手ポータルを抜き去り、自らがMLSに代わるデータベースの立ち位置にまで登りつめるのは、普通にやると遠い道のりと言わざるをえません。

突破口は「RedFinの本気」と「スタートアップの同盟」

最後は、それでも何とか脱MLSの野望を実現するシナリオがあるとすれば、という話をしたいと思います。考えられる実現シナリオは以下の二つです。

シナリオ1: RedFinが本気を出す
先ほどディスカウント仲介会社のポータルは大手の1%未満にすぎないと書きましたが、RefFinは例外です。
ディスカウント仲介会社だけでなくポータルサイトの顔も併せ持ち、すでにZillowやRealtor.comに匹敵するユーザー数とブランド認知を得ています。

すでに上場している大企業ですが、以前にCEOが脱MLS戦略をほのめかすコメントをしていたこともあり、もう一勝負仕掛けてくる可能性もゼロではありません。

RedFinは仲介会社としてすでに多くの売却物件を担当していますので、これを彼らの強力なポータルに独自物件として掲載すれば、一気にZillowを抜き去りNO.1 ポータル、その先にはMLSに代わるアメリカの新しい物件データベースになるポテンシャルを秘めています。
(既存のMLS経由の掲載物件と自社独自物件の共存が可能なのか?MLS側からデータ連携を拒否されるのではないか?といった実務面の課題はもちろんありますが)

シナリオ2: スタートアップが同盟を組む
スタートアップにとって頭が痛いのは、「独自物件数さえ一定数集まれば、『自社ポータル強化→成約数増→さらに独自物件増』と好循環になるはずなのに、肝心の最初の独自物件が取り揃えられず閾値を超えない」という「ニワトリが先かタマゴが先か」の問題を抱えている点です。

この「ニワトリタマゴ」の構造を打破する唯一の方法は、一社ずつコツコツやるのではなく、スタートアップ全社で同盟を組んでポータルサイトを作って、独自物件を一元的にそこにまとめることです。

そうやって独自物件を数多く取り揃えサイトの集客力を高めれることで、売主の「MLSなしで本当に売れるのか?」という心配は消えるので、ディスカウント仲介会社でも安心して選べるようになります。

一社で新たなMLSに代わる物件データベースを立ち上げるという野望は叶わないものの、会社間で協力して横断的・網羅的な物件データベースを立ち上げ、旧態依然とした業界に価格ディスラプションを起こすという構図は、「ニワトリタマゴ」問題で行き詰まるよりはよっぽどワクワクすると思います。

最後、まとめです。

日本は現在、アメリカの中古流通を参考にしながら、REINSのオープン化や両手仲介の抑制といった方向に力学が働いています。

興味深いことに、アメリカでは逆に「オープンなMLSからよりクローズな自社データベースへ」、その結果として「片手仲介から両手仲介へ」、といったように「日本化」ともいえる動きが目立っています。
(ここでの両手仲介は、企業側の収益向上というよりは価格ディスラプションが目的なので、そこは日本と異なりますが)

冒頭のテーマに立ち返ると、ここに業界変革の匂いがするので、そこにチャレンジしているディスカウント仲介会社への投資が相次いでいるのです。

【まとめ】
・1月に入りディスカウント仲介会社の資金調達が続出
・安い仲介手数料は入り口で、独自物件を増やしMLSに代わる物件データベースを構築するのが最終的なゴール
・実現の難易度は高く、可能性があるのは「RedFinが本気を出した場合」と「スタートアップが同盟を組んだ場合」

※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。proptechblog@gmail.com

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市川 紘(Ko Ichikawa)
市川 紘(Ko Ichikawa)

Written by 市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。

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