Zillowの本気で加速するiBuyer戦争。対峙するOpendoorの秘策とは?

市川 紘(Ko Ichikawa)
12 min readFeb 12, 2019

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2019年も止まらないiBuyerの勢い

iBuyerについて昨年から何度か取り上げてきましたが、2019年も続々と気になるニュースが入ってきています。
主だったものだけでも今年に入ってこのような動きがありました。

・Knockが$400M(Equity$26M+Debt$374M)という大型の資金調達を発表
・水面下でiBuyerモデルを実験していた最大手の老舗仲介会社KWがArizonaでの正式ローンチの計画を発表
・各社が次々に展開エリア拡大を発表(Opendoor: Los Angeles & Washington D.C. , Zillow Offers: Riverside & Dallas & Houston, Offerpad:Houston,
RedFin: Los Angeles & Houston)
・iBuyerを比較検討できるプラットフォームが登場(Sold.com, Commersh)

iBuyerに参入する企業が増え、各社展開エリアもどんどん拡大し、ついにはそれらを比較検討できるプラットフォームまで登場し、いよいよ業態として市民権を得てきた印象です。

そうなってくると、この競争を制するプレイヤーがどこになるか気になるところですが、以前の投稿で、
・売り手が選ぶのはシンプルに一番高い査定金額を出せるプレイヤー
・高い査定金額を出すには、体力勝負に持ち込む「資金力」と多少の高値づかみをしても売り抜けるだけの「買い手集客力」が鍵
・「収益度外視の高値での買い取り」「自社保有物件の上位表示」など本気を出したら全米最大手のポータルサイトZillowが最有力
・もしZillowが既存事業とのコンフリクトを懸念し本気を出せない場合はスタートアップ陣営の一番手Opendoorが対抗馬
という予想をしました。

今日はこの続報をメインにお届けします。

以前まとめたカオスマップ上でいうと、黄色く色をつけた会社が関連します。
Opendoor(オープンドア)・Knock(ノック)・Offerpad(オファーパッド)といった専業スタートアップが開拓した領域に、Zillow(ジロー)やRedfin(レッドフィン)といった大手ポータルにKW(ケラーウイリアムズ)やColdwell Banker(コールドウェルバンカー)のような大手仲介会社が参入してきているのが現状です。

※そもそもiBuyerって何?という方はこちらもどうぞ。
今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(前編)

今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(後編)

ZillowがiBuyerに本気を出す兆しあり

話題沸騰のiBuyerの中でも一番個人的に気になっている動きは、今月に入ってZillowがけっこうiBuyerに本気を出してきているような兆しが見られることです。

それがこちらです。

何かお気づきでしょうか?よく見ると右側の物件に「Owned by Zillow」との記載がありますね。(ピンクで四角囲みしたところです)

つまりユーザーがZillowで物件を検索すると、Zillow自身が買い取って保有している自社物件が、他の物件よりも優先して上位に表示されているのです。
その結果、ご覧の通り集客上一番おいしい検索結果の1ページ目はZillow保有物件に独占されています。

これは中立性が重要なポータルサイト、中でも広告課金モデルのビジネスにとって、禁じ手と言っても過言ではありません。
なぜならば以下のようなリスクが考えられるからです。

①Zillowが物件表示順を恣意的にコントロールし、自社保有物件を上位表示
②本来上位に表示されるべきだった他の物件の集客機会が奪われる
③その物件を担当しているエージェントが怒ってZillowを解約する
④Zillowの既存の広告売上が減少する

「将来的に可能性はあるかも」という話はしたものの、まさかこんなに早くこの禁じ手を解禁するとは思っていなかったので、僕自身もちょっと驚いています。

裏を返すと、それだけZillowとしてiBuyerに可能性を感じていて、この勝負に負けたくないと思っているのでしょう。

Zillowが既存売上を失うリスクを冒してまで自社物件の上位表示を行う戦略上のメリットは二つ考えられます。

1. OpendoorやKnockなどiBuyer競合を早期に駆逐して市場を独占するため
これは前回の投稿でも説明した通り、以下のようなシナリオです。
これを実現するのが今回の上位表示のメインの目的だと思われます。

①iBuyerの競合よりも高値で査定して買い取り
②買い取った物件を全米NO.1ポータルZillow上で優先的に表示
③多くの買い手に訴求することで多少の高値でも売り抜き、転売益を確保
④競合よりも高値での買取・再販を繰り返すことで、競合の買取件数を抑え駆逐していく

2. ポータルサイト競合との差別化のため
こちらは副次的なものに近いかもしれませんが、自社で物件を保有し、それを強調することは他社ポータルサイトとの差別化にもつながります。

通常の物件の場合、MLSに登録された情報をベースに各種ポータルサイトに掲載されます。
一方でZillowの自社保有物件の場合、物件情報や写真をすでに手元に持っているため、MLS登録前の販売準備期間であってもZillowにのみ直接掲載することができます。

それが「Coming Soon」と呼ばれるカテゴリーの物件で、先ほどの検索画面の一番最初の物件がその実例です。

※アメリカでは正式な販売開始後、48時間以内にMLS登録が義務付けられていますが、それ以前の販売準備期間中の登録義務はなく、このようにComing Soonと告知することも認められています。

一番最初の物件に「COMING SOON」の表記(ピンクの四角囲み)

本気のユーザーにとっては最新の物件情報をいち早くキャッチして、資金面の準備をしたり交渉の戦略を立てることが重要なので、「Coming Soon」物件は魅力的なコンテンツです。

Zillowにとって最大の競合であるRealtor.comは自社で物件を持たないため、MLS掲載前の物件情報を取得することできず、「Coming Soon」機能を実装しようがありません。
これはZillowにとって今後大きなアドバンテージとなる可能性があります。

「Coming Soon」物件の掲載の流れ

スタートアップ陣営の対抗策の本命は「脱MLS」

このように本気を出してきた巨人ZillowにOpendoor、Offerpad、Knockといったスタートアップ陣営はどのように対抗するべきでしょうか。

あえてMLSに物件を登録せず、他の仲介会社やポータルサイトに依存することなく自力で物件を売る「脱MLS」戦略を『REX$45Mなど4社が続々と資金調達。スタートアップ仲介会社が狙う「脱MLS」とは』で詳細に紹介しましたが、実はこれはiBuyerのスタートアップ陣営にとっても今後の戦略になる可能性があります。

この戦略のメリットは二つです。

1.独自物件掲載による既存ポータルとの差別化
Zillowのような既存ポータルと真っ向勝負で買い手集客勝負をしても勝ち目はありませんが、「脱MLS」は唯一、一泡吹かせられる可能性のある荒技といえます。

MLSに登録しなければ、MLSを情報源にしている他社ポータルにその物件が掲載されることはありません。
物件を数週間先行して掲載するZillowの「Coming Soon」と異なり、販売期間中ずっと独占掲載できるので、そこでしか見つけられない良い物件が増えることで自社ウェブサイトの魅力を高めることができます。

MLS物件登録有無による掲載情報のちがい(Opendoorを例にとった場合)

※Zillowの場合は「Coming Soon」掲載はできても、自社物件をMLS外で販売する「脱MLS」は基本的にできません。
ポータルサイト全体としてはMLSからデータを提供してもらっているため、MLSを敵に回すと本業のポータル事業が崩壊するからです。

2.エージェント中抜きによる仲介手数料削減
アメリカの場合、仲介手数料が売り・買い両方とも売主負担となるため、iBuyerを普通にやると10〜20%の転売益のうち5〜6%が仲介手数料に消える計算になります。
在庫リスクや景気変動リスクもある中で、転売時の利ざやを押し下げるこの仲介手数料負担は大きな課題です。

MLSに物件登録しないもう一つのメリットは、プライベートな取引という扱いになって一般の不動産取引の規制対象外となることです。
それによってエージェントを使う必要がなくなり、上記の仲介手数料を節約することができるのです。

自ら売主として買主に直接売却する、言わばC2C的なモデルにすることで、仲介手数料を削減して利益を増やす。もしくは節約分を買取価格に上乗せし、Zillowに対抗することができるのです。

「脱MLS」の課題は買い手集客力。スタートアップ同盟も有効な手段。

最後にiBuyerスタートアップが「脱MLS」戦略をとる際の課題についてです。

彼らの課題は、ディスカウント仲介のケースと同じように、「MLS経由の販路をあきらめて本当に売り切れるのか」に尽きます。

言い換えると、下記のように多くの独自物件掲載・それによる自社サイトの魅力UPを起点に、高値での買取・販売をできる好循環を生み出せるかどうかです。

iBuyer×脱MLS戦略の成功循環モデル

現状は残念ながらOpendoor、Offerpad、Knockともに自社サイトの集客力はそれほど強くなく、ユーザー数は大手ポータルの5%にも満たないです。

これではMLSや他社ポータルに頼らず売り切れる買い手集客力があるとは言えません。
歯車をどこから回せばいいか、ディスカウント仲介会社と同様の「ニワトリタマゴ問題」に陥りそうな気配もあります。

ディスカウント仲介会社の場合、以前の投稿でREXはサンフランシスコで3物件しか掲載できていないことを指摘しました。
これではさすがにユーザーはわざわざこのサイトにアクセスしようとは思いません。

それと比較すると、iBuyerの状況は悪くないように見えます。
例えばAtlantaでは全4026物件のうちOfferpadが186物件、Opendoorが手作業でざっくり数えた感じだと300物件ほど保有しています。(Knockは3物件しか保有していないのでかなり出遅れてますが、今回調達した$400Mで巻き返しを図るのでしょう)

OfferpadとOpendoorのAtlantaでの保有物件

ご覧のとおり、すでにある程度のボリュームを確保できているので、このまま順調に保有物件数を伸ばしていけば、自社サイトの価値も高まり、将来的に思い切って「脱MLS」に舵を切っても十分に物件を売れるようになるかもしれません。

さらに手っ取り早く物件数を増やしてZillowに対抗するには、スタートアップ同士で同盟を組んで共通のサイトを開発することも一つの手段だと思います。(これもディスカウント仲介会社と同じ構図ですね)

そうすると現状でもマーケット全体の1割、ゆくゆくは2~3割の物件数が視野に入ってくるのでユーザーからしても十分にアクセスする価値のあるサイトになるはずです。

冒頭にもご紹介したとおり、2019年はiBuyerのエコシステムが一気に発展して、不動産業界の一つのサブカテゴリーとして立ち上がる年となりそうです。
その中でどのプレイヤーが一番手の座を射止めるのか、まだまだ目が離せません。

【まとめ】
・2019年も資金調達・新規参入・エリア拡大などiBuyerの勢いはとどまるところを知らない
・Zillowが禁じ手である「自社保有物件の上位表示」を開始し、iBuyerに対して本気を出してきている
・スタートアップの対抗策は、「脱MLS」による「自社サイトへの独自物件掲載」と「エージェントの中抜き・仲介手数料削減」

※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。proptechblog@gmail.com

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。