Zillowが仲介会社ライセンスを取得中。その裏にある意外な理由とは。

市川 紘(Ko Ichikawa)
9 min readFeb 19, 2020

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「仲介会社ライセンス取得=仲介会社ビジネス参入」ではない

画像出典: https://www.inman.com/2019/04/19/breaking-zillow-sues-compass-over-poached-employees-intellectual-property/

Zillowはユーザー数2億人を誇る全米最大の不動産ポータルサイトです。このZillowが25州で仲介会社ライセンス取得済みもしくは積極的に取得を目指していることがニュースになっています。

こういったニュースがあると「いよいよポータルでの集客力を生かして仲介会社業に殴り込みか!?」という憶測が飛び交いますが、仲介会社・エージェントからの広告料が売上の大半を占める中、わざわざクライアントを敵に回すような戦略をとることはそうそうありません。

その次に言われるのが、「従来の広告課金から成約課金に移行し、集客から成約まで一気通貫したプラットフォームを構築しようとしている」という憶測です。というのも、法律上、成約課金の「不動産売買の顧客を紹介してその見返りに成約時に手数料をもらう」という行為には仲介会社ライセンスが必須だからです。

この憶測は、半分合っていて半分間違っています。

実際にZillowは一部のエリアで「Flex」という名称の成約課金プログラムを実験的に開始しているので、「広告課金から成約課金に移行」という思惑は事実です。

でも、それは「集客から成約まで一気通貫したプラットフォーム」といったビジョン的な話ではなく、もっと現実的なニーズに対応するための施策だと思われます。

これを紐解くとアメリカ不動産テックの巨人Zillowの成長戦略の輪郭がよりハッキリ見えてくるので、今回の題材にしたいと思います。

広告課金を自ら捨てるのはセオリー的にはありえない

まず、不動産ポータルの鉄則の話をします。
トップクラスの集客力・ブランド力を持つポータルが広告課金モデルを展開し、そこから順位が下がるにつれて反響課金、そして成約課金に徐々にシフトするというのが、世界のどの国を見ても共通のセオリーです。
(日本でも業界トップのSUUMOが広告課金、第二位のHome'sが広告課金と反響課金の併用、より新興系のポータルだと反響課金と成約課金が増えていきます。)

反響や成約が出て初めて料金の発生するその他のモデルと比べて、広告課金モデルの場合、広告料を先払いした後、実際どれくらい集客できるかは未知数です。
結果的に集客が芳しくなかったときに割を食うのはクライアント側なので、仲介会社・エージェントにとってはリスクの大きいモデルと言えます。

それでも広告課金モデルが成立するには、
・クライアントが集客を期待できるだけのブランド力がある
・広告課金での出稿を説得できる強力な営業組織を抱えている
・何だかんだで集客の絶対数が多くクライアント事業に与えるインパクトが大きい
ということが条件となり、それを満たせるのは必然的にトップクラスの不動産ポータルのみになるのです。

翻ってポータル側の目線では、広告課金に勝るモデルはありません。自社の集客パフォーマンスに左右されることなく安定的に売上が入ってくるからです。

これが反響課金になると、ポータル経由の反響数が減少するとダイレクトに売上が減少します。
さらにこれが成約課金になると、いくら反響を増やしても、その先のエージェントが熱心に働いて成約までたどり着かない限り売上は1円も入らないので、更にポータル側のリスクが上がります。

課金モデルごとのメリット・デメリットまとめ

各国でトップクラスに上り詰めたポータルだけに許される王者の戦い方が広告課金モデルであり、ブランド・集客力・営業力で劣る新興・中小ポータルが「成果が出たときだけお支払いいただけばいいので」と拡販していくのが反響課金・成約課金モデルなのです。

そう考えると、長年にわたる競合との熾烈な争いを制して広告課金という最もおいしいビジネスモデルを謳歌しているZillowが、あえてリスクの大きい成約課金にシフトするというのはセオリー的にはありえません。

Zillowが自社保有物件を上位表示し、クライアントからの反発は必至

それでは何故Zillowはわざわざ仲介会社ライセンスを取得してまで、成約課金シフトの準備を進めているのでしょうか。

ここで鍵となるのは彼らのiBuyer事業「Zillow Offers」です。
このブログでも紹介した通り、Zillowは一年前の決算発表時にiBuyerを今後の主軸事業に据えていくことを宣言しました。

【参考記事】ZillowがポータルからiBuyerへの進化を宣言。2兆円ビジネス立ち上げに向け創業者がCEOに復帰。

このブログでも何度か解説してきましたが、iBuyer事業にとって、物件を売ってくれる売り手集客もさることながら、買取後の再販先となる買い手集客も重要です。

・買い手が集客できないと保有物件が不良在庫化してしまう
・買い手集客力が強ければより高い買取価格を提示することができ、売り手集客にもつながる
といった点が理由です。

そういった背景からZillowはPhoenixエリア限定でポータル上に自社保有物件を上位表示するという実験を2019年2月に開始しました。全米一の買い手集客力を誇るZillow上の一番目立つところに載せるので、より多くの買い手候補の目に留まるという狙いです。

【参考記事】Zillowの本気で加速するiBuyer戦争。対峙するOpendoorの秘策とは?

これがその後どうなったか調べてみたところ、驚くべきことにZillow Offers展開エリアはどこも自社保有物件を上位表示するようになっていました。

「Owned by Zillow」表記のあるZillow保有物件が、通常の物件よりも上位に表示されて目立ちやすくなる仕様に

本来中立であるため物件検索サイトで、自社保有物件だからというだけで理由なく物件を上位表示するのは、禁じ手と言っても過言ではありません。

仲介会社やエージェントの立場からすると、「こちらは固定で広告費を支払っているのに集客を自社保有物件に恣意的に集中させるのはフェアじゃない」と思うのは当然の流れです。

iBuyerに本気で取り組む時点で、このような反発はある程度織り込み済みだとは思いますが、自社保有でない物件への問い合わせを全くマネタイズできないのももったいない話です。iBuyer展開エリアは比較的大きな都市なので尚更インパクトは大きいです。

iBuyerを主軸事業としたときの売上最大化のために成約課金が必要に

このような中立的なプラットフォーマーとしての立場とiBuyer事業者として立場の矛盾を打破するために鍵になるのが、冒頭で触れた「成約課金への移行」です。

広告課金で前払いを受け取りながら、クライアントへの集客を最大化する努力をしないのは信義則違反ですが、成約課金であれば「自社保有物件を売らなきゃいけないので上位表示はさせてもらいますね。でも、それ以外の物件への反響は無料で紹介します。成約にいたったときだけ成約手数料を払ってくださいね。」という論法が成り立ちます。

つまり特定のエリア内において、「iBuyer+広告課金」は成立しないが「iBuyer+成約課金」は成立するので、全体売上最大化のために成約課金にも着手し始めている。そして成約課金モデルを合法的に行うために仲介会社ライセンスの取得を進めている、というのが実態なのです。

※この文脈だと「iBuyer+反響課金」でも成立はするはずなのですが、「どうせ成果連動にするなら成約課金に振り切って成約までユーザーに伴走することでデータを蓄積したり、最近スタートしたZillowローンを勧めたりした方が今後の広がりがあるかも」とは思っているんじゃないかと思います。

【参考記事】米国フィンテック業界に激震!ZORCがオンライン住宅ローン参入

iBuyer非展開エリアは広告課金モデル維持と成約課金モデル移行の両睨みか

以前もブログに書いたように、iBuyerは全てのエリアでできるビジネスモデルではないため、iBuyer非展開エリアの反響をどのようにマネタイズするのかという論点が最後に残ります。

【参考記事】今、米国の不動産テックで一番ホットな「iBuyer」とは(後編)

都合良くiBuyer非展開エリアだけは広告課金モデルを維持できるのが理想ですが、一貫性が保てないのでそちらも思い切って成約課金モデルに切り替えるという判断もありえるとは思います。

いずれにしても、今回の仲介会社ライセンス取得・成約課金シフトという大きな話題も、iBuyer企業としていかに会社として売上を最大化するかに主眼が置かれており、改めてZillowのiBuyerへの本気度の高さが表れたニュースでした。

【まとめ】
・成約課金はポータルにとって最もおいしいビジネスモデルで自ら捨てるのはセオリー的にはありえない
・Zillowが成約課金の移行を検討しているのは、iBuyer 展開エリアで自社物件の販売と他社物件への反響のマネタイズを両立させるため
・成約課金ビジネスには仲介会社ライセンスが必須のため、Zillowは取得を進めている(仲介会社事業そのものをスタートしたいわけではない)

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。