【米国不動産テック】2020年総まとめ&2021年展望

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前回の投稿では、米国不動産の市場全体の動向を解説しました。そちらでもまとめた通り、新型コロナウイルスが市況に与えた影響は意外なほど少なく、時期ごとの浮き沈みはあったものの一年を通して見れば、むしろ好況だったと言えます。

そういった好調な市況を追い風に、2020年も不動産テック・スタートアップ業界は様々なビッグニュースが盛りだくさんでした。

今回はその中でも絶対にチェックしておくべきビッグニュース3つと、今年2021年に注目すべきポイント2つ、合計5つのポイントににギュッと凝縮して解説したいと思います。

2020年ニュース①: Opendoorがついに株式上場

名だたる不動産テック企業や老舗仲介会社がこぞって参入し一大産業となったiBuyer。この業態のパイオニアがOpendoorです。
累計$1.5B(約1,500億円)にのぼる資金調達に成功した同社は、ここ数年の米国不動産テックの盛り上がりを象徴する存在でした。

そのOpendoorがついに節目の株式上場を果たすというのは業界全体にとって大きなニュースでした。広い意味では不動産テックに位置づけられるWeWorkが上場に失敗したばかりということもあり、Opendoorの上場の成否を業界関係者は固唾を呑んで見守っていました。

そんな中で迎えた12月21日、Opendoorは直近の資金調達ラウンドや上場時の想定を大きく上回る$16B(約1.6兆円)の時価総額で上場デビューを飾りました。
このような大きな成功事例が生まれたことは、WeWorkショックを乗り越えて不動産テック業界が更に盛り上がっていくきっかけになりそうです。

WeWorkとOpendoorの評価額推移。上場失敗で評価額が急落したWeWorkとは対照的に、Opendoorは順調に成長し上場を達成。

【関連記事】
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2020年ニュース②: 商業用不動産の覇者CoStarが住宅売買に参入

B2Bの領域なのであまり馴染みがないかもしれませんが、商業用不動産のプラットフォームとして絶大な存在感を示しているのがCoStarという企業です。時価総額や営業利益ではあのZilowをも上回り、実はアメリカで最大の不動産企業なのです。

同社の特徴は、MLSのような物件データベースの存在しない商業用不動産領域(オフィス・店舗)において、コールセンターや現地調査といった地道な活動で物件情報を集めてデータベース化している点です。

加えて特徴的なのは、買収戦略が得意な点です。
代表的な事例はLoopNetの買収です。CoStarは力技で物件情報を集めるというビジネスモデル上、物件の集積している都心部を得意とする一方、郊外だと収益が成り立たないという課題を抱えていました。

一方で、物件オーナーや仲介会社が自ら物件情報を登録・掲載するマーケットプレイス型のモデルで郊外を得意としていたライバル企業がLoonNetでした。このLoopNetを、2011年4月に$860(約860億円)で買収することで商業用不動産No.1の座を確固たるものにしました。

さらに2014年4月には賃貸物件ポータルApartments.comを$585M(約585億円)で買収し、ついに住宅領域へ参入。当時は数ある有名サイトの一つに過ぎなかったApartments.comを全米最大の賃貸物件ポータルにまで育て上げました。

そして2020年秋、CoStarがついにアメリカの不動産で最大のマーケットである住宅売買に参入するという噂が流れました。
当初は住宅のデータビジネスを展開しているCoreLogicがターゲットとされていましたが、最終的には居住用不動産のエージェント向けの業務支援ツールとポータルを提供しているHomeSnapを$250M(約250億円)で買収する形で落ち着きました。(CoreLogic買収の話も立ち消えになったわけではなく継続交渉中のようです)

CoStarのCEO Andy Florance氏はインタビューでZillowの広告偏重のビジネスモデルやiBuyerにも手を広げている姿勢を批判しており、まさに「殴り込み」といった様相を呈しています。アメリカ不動産テックを代表する両雄が真っ向勝負から目が離せません。

【関連記事】時価総額3.6兆円!商業用不動産テックの覇者CoStarがZillow と全面対決へ

2020年ニュース③: 不動産スタートアップに新たな潮流

2018、2019年はOpendoorに代表されるiBuyerとCompassのような次世代型の仲介会社の話題が多かったですが、2020年にはそれらとは全く異なる分野で大きな資金調達が相次ぎました。

特にコロナ禍以前に大きく盛り上がっていたのはiFunderと呼ばれる従来の銀行ローンとは異なるアプローチで不動産取引関連の資金を提供する業態です。

個別に紹介すると長くなってしまうので詳細は過去記事を参照いただければと思いますが、リーマンショックの反省から住宅ローンが厳格化・硬直化したことの反動で、ユーザーにとって本当に現金が必要なタイミングで柔軟に資金提供してくれるスタートアップが注目され始め、大規模な資金調達が続きました。

その後のコロナ禍で市場の先行きが不透明になったことや、金利が大幅に下がり銀行ローンの魅力度が増したことから資金調達は若干スローダウンしていますが、これからiFunderの人気が再加熱するか気になるところです。

【参考】iBuyerに続く注目分野「iFunder」。累計4000億円調達のテック企業群を一挙解説

iFunderへの投資熱が一旦様子見となったのとは対照的に、コロナ禍によって勢いを増したのは不動産契約管理・登記・ローン・保険といった契約以降の後工程業務を取り扱うスタートアップです。

感染防止の観点から従来のように対面でのやりとりができなくなったため、オンラインで進捗管理や書類手続き、契約を進められるツールがこれまで以上に求められるようになりました。
そういった背景から、もともと注目されていたこの分野の資金調達やM&Aが2020年の5 月以降から一気に加速しました。

詳細は下の図をご覧いただければと思うのですが、登記や契約の進行管理・手続きを行うSaaSだけでも、States Title・Spruce・Propy・Endpoint・Qualiaがそれぞれ資金調達を発表。

また似たような業務支援SaaSとしてはローンの進行管理・契約を行うSnapdocsも
Y CombinatorをリードにSequoia Capital ・DocuSignといった錚々たる面々の投資家から資金調達を行いました。

SaaS以外では、オンライン住宅保険(Hippo)やオンライン住宅ローン(better.com)といったテクノロジードリブンの実業プレイヤーも数百億円規模の大型の資金調達に成功しています。

またM&Aによる登記・契約・ローン関連のテック企業買収も相次ぎました。
・RE/MAXやCompassといった仲介会社がSaaS企業を買収して後工程業務を強化
・登記・契約管理システム大手のQualiaが同業のテック企業を買収して顧客基盤を拡大
・老舗のタイトルカンパニー(登記調査企業)であるStewart Titleが電子署名システムを買収してDXを加速
と様々な思惑で業界の再編が進んでいます。

後工程関連スタートアップ(契約管理・登記・ローン・保険)の資金調達リスト

2021年注目ポイント①: 不動産テック上場ラッシュなるか

Opendoorが昨年12月に上場を果たした興奮さめやらぬ中、1月に入ってからも更に不動産関連企業の上場のニュースが相次いでいます。
1月7日にはオンラインローン企業SoFiが8700億円での上場を発表。さらに1月11日にはCompassが上場申請を完了したことが報じられました。(ちなみにOpendoor、SoFi、Compassはそれぞれソフトバンクがリードインベスターとして出資しており、同社はこれによって大きなリターンを得ることができそうです)

コロナ渦にあっても市場は金余り状態。更に不動産市場は絶好調でありながらデジタル化もニーズが高まっているという状況から、2月以降も上場を達成する不動産テック企業が出てくる可能性が高いです。

これはあくまで個人的な見解ですが、上で紹介したiFunderの中でもKnockOrchardRibbonFigureNoahあたりの規模になってくると上場も視野に入ってくるでしょうし、後工程(契約管理・登記・ローン・保険)の領域でもQualiaSnapdocsStates TitleHippobetter.comあたりの動向に注目です。

それ以外でも、エージェント検索サイト最大手のHomeLight、Opendoorに次ぐiBuyerスタートアップのOfferpad、物件価格査定のHouseCanary、新興仲介会社のREXSideといった面々が上場予備軍として控えています。

更にこの上場ブームを後押ししているのはSPACを介した上場スキームです。SPACは以前の投稿で解説しているのでここでは省略しますが、実際にOpendoorとSoFiの上場はこのスキームを活用しています。

直近でも、不動産テック専門のVCであるFifth Wallや、同じく不動産テックに積極的に投資してきているソフトバンク、Zillowの元CEOであるSpencer Rascoffがそれぞれ自前でSPACを立ち上げており、今後もSPAC×不動産テックによる上場が出てくる可能性は高いと思います。

2021年注目ポイント②: 新時代の不動産ポータル戦争に突入

2015年に業界1位の不動産ポータルZillowが第2位のTruliaを買収した際、トップ2社の合併によりZillowの力があまりに強大になりすぎたため「チェスのゲームは終わった」と評されていました。
その後の5年間、Redfinや手前味噌ながら弊社Movotoの成長などのトピックはあったものの、強大なZillowを脅かすにはいたらずチェスの大局に大きな動きはありませんでした。

ところが、前述の通り、商業用不動産の巨大企業CoStarが住宅売買への参入を開始したため、業界では「チェス盤の勢力図が一新され新時代が始まる」と囁かれ始めています。

まず第一の注目ポイントは、「巨大な資本力」「長年にわたる不動産業界での経験」「M&Aによる事業ドメイン拡大の実績」を兼ね備えるCoStarが住宅売買領域でどのように仕掛けてくるかです。
HomeSnapの買収に続いてHouse.comのドメインも取得し、独自のポータルサイト開発に着手する模様です。M&Aの手を緩めることなく推し進め、更に多くの既存企業をグループ傘下に加える可能性も高いです。

一方で、既存のポータルも黙ってはいません。
業界第2位のRealtor.comも若く優秀な経営陣に刷新されプロダクト開発やパートナーシップを加速、第3位のRedfinは強みであるデータ基盤を武器に着実に成長、第4位の弊社MovotoはM&Aによって全米最大の不動産AI企業OJO Labs傘下に入りポータルとAIの掛け合わせでユーザー体験を向上、とそれぞれ異なるアプローチで打倒Zillowを目指しています。

加えて、スタートアップ仲介会社の動きも見逃せません。Compassは以前からポータルサイト強化のためにエンジニアの採用を強化していますし(Zillowから引き抜きすぎて訴えられましたが)、eXpはShowCase IDXというポータルサイト向けのデータを管理する企業を買収して自社ポータルの強化を図っています。
まだまだポータルサイト専業の各社と比べるとユーザー数は一桁か二桁少ないですが成長スピードは速く、KWやRE/MAXといった老舗仲介会社と遜色ない規模まで成長してきています。

以上になります。
2020年のポイントと2021年の展望は何となく掴んでいただけたでしょうか。今年もシリコンバレーから旬な不動産テックの動向をお届けできるようにがんばります。

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市川 紘(Ko Ichikawa)

シリコンバレーの不動産テック企業MovotoでCFOとして勤務。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。